映画『かくしごと』胸のざわめきが消えない心奪うヒューマン・ミステリー
【Culture Navi】CINEMA:今月の注目映画情報をお届け!
Navigator ●折田千鶴子さん 映画ライター 最近さすがにマズいかもと、週に2度ノンアルに切り替え成功。お気に入りの味を見つけたのが勝因です。
『かくしごと』
▶胸のざわめきが消えない、心奪うヒューマン・ミステリー 善意や正義感から発した彼女の行為を、冷静に“間違いだ”と断罪できる人はいるだろうか。もしそうなら、“それなら、あなたは……”と、こちらが感情的になってしまいそうだ。もちろん彼女が罪に問われる法的理由はわかる。でも、だからこそ胸のざわざわが止まらない。 絵本作家の千紗子(杏)は、独り暮らしの父(奥田瑛二)が認知症になったため、故郷の田舎に戻ってくる。厳格な父と長く絶縁状態にあった千紗子は、今や娘のことさえ忘れたような父に葛藤を抱えつつ、それでもしぶしぶ介護生活を始める。ある日、一緒に出かけた旧友(佐津川愛美)の運転する車が、夜道をフラフラ歩く少年(中須翔真)をはねてしまう。幸い少年に大きな怪我はなく、友人から事故を秘密にしてほしいと頼み込まれた千紗子は、少年を家に運び込む。翌朝、元気に目覚めた少年は、記憶がないという。その身体に激しい虐待の跡を見つけた千紗子は、しばらく自分が預かることに。やがて記憶が戻らないままの少年に、“自分が母親だ”と嘘をつき、少年を「拓未」と呼んで、自分の息子として育てることを決意する――。 もし事故が起きなかったら。懇願する友人を振り切って救急車を呼んでいたら。少年が虐待されてなかったら。少年に記憶があったら。千紗子の正義感が強くなかったら。詳細は省くが、いくつもの“もし”を越える偶然が重なり、千紗子は少年を助け、迷わず匿う。スクリーンを見つめる私たちも、「お願い、あんな親元に戻さないで!」と千紗子の背中を必死で押してしまう。それなのに、千紗子が「私が母親」という言葉を口にした瞬間、ドキッと心臓が飛び跳ね、思わず血の気が引く。もはや戻れぬ一歩を踏み出したと、無意識にも感知する。さらに千紗子の過去を知ってからは、正義と“自己愛やエゴ”を、うっすら天秤にかけてしまう。それでも、子どものようになりゆく父親との生活が、「拓未」のおかげでうまく回り始めると、壊れないでほしいと祈らずにいられない。だが破滅の予感がひたひたと近づく。 監督は、『生きてるだけで、愛。』の関根光才。ドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』も公開中という、多彩な感性が光る。映し出される美しい自然は、同時にすべてを包み込んでしまう畏怖も覚えさせるし、縁側の先の緑萌える山々が大きな窓によって切り取られ、その中心で肩を寄せ合う父娘の後ろ姿は、一枚の絵画のように目を奪う。一方、千紗子を演じる杏の凛とした佇まいとリアルな息遣いが、観る者の共感を引き寄せる。観客は“もしや”と薄々勘づきつつも、最後にアッと小さく息をのむだろう。誰しも守るべき生活や己の正義、そして孤独を抱えている。それゆえ一線を踏み越えることもある。とても他人事とは思えず、きっと誰もが胸を掻きむしられるハズだ。虐待、介護、法と倫理と人間の性や業など、いろんな問題をはらんだ魅惑のヒューマン・ミステリーだ。 TOHOシネマズ日比谷、テアトル新宿ほか全国公開中 ※公式サイト あり