常識的には難しいが…「セブン&アイ」創業家による巨額買収を実現する“秘策”
具体的に説明しましょう。 企業価値に関しては投資銀行や証券会社が業績から独自の金額を算出することがあります。今回の買収報道の中でJPモルガン証券がセブン&アイについて独自の試算額を公表しています。それによればセブン&アイの企業価値の64%は海外コンビニ事業が生んでいます。 私たち消費者から見れば、セブン&アイといえば国内のセブン-イレブンとイトーヨーカドーなどのスーパー、セブン銀行にデニーズといった事業の集合体に見えますが、その価値は全体の3分の1程度の金額でしかないのです。
カナダのACTがセブン&アイの買収を持ちかけているのもこの視点で、彼らが本当に欲しいのはセブンが持つ北米のコンビニ事業とみられています。そして経営陣が最後まで守りたいのはそこではありません。 だとしたら創業家がMBOでセブン&アイを7兆円で買収して、その日のうちに、北米のコンビニ事業をACTに5兆円で売ったらどうなるでしょう。彼らが本当に欲しいものだけくれてやるのです。ACTとの間で水面下で売却交渉を進めておけばいたずらに買収総額が跳ね上がることもありません。
創業家は北米事業売却直後に5兆円を金融機関に返済して、買収コストはわずか2兆円で済むことになります。手元に残るのはイトーヨーカドーと日本・アジアのセブンイレブンの経営権です。 ■最後に残るのは「アイ」だけ ここまでの「絵」を描いたうえで、白馬の騎士としての伊藤忠には、「リスクは7兆円ではなく2兆円だから経営権までは渡さない」と条件を出します。持ち株は創業家と経営陣が過半を持つ代わりに、取引関係は全面的に伊藤忠に寄せていくという条件です。伊藤忠商事からすれば国内の小売事業取引をセブンとファミマで倍増させられますから、ビジネスとしてはのめる着地点です。
ただ北米のセブン-イレブンを売却しますから社名から「セブン」は消えてしまうかもしれません。最後に残るのは「アイ」だけです。でも「アイ」さえ残ればそれでいいと創業家は考えているのかもしれません。
鈴木 貴博 :経済評論家、百年コンサルティング代表