2035年に「内燃車」禁止の英国、今年から規制未達で1台300万円の罰金…それでも市場が動かないワケ
<ハイブリッド車も「ゼロ・エミッション」の定義を満たさず、新車販売は完全禁止の予定。メーカーは財政的インセンティブの導入を要請>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]今年始まった英国のゼロ・エミッション車(ZEV)規制は、自動車メーカー(年2500台以上生産)が販売する乗用車(新車)の少なくとも22%は完全電気自動車(EV)や水素燃料電池自動車でなければならないと義務付けている。バン(商用車)の場合は10%だ。 ■【動画】EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴…爆発!多発する電気自転車とEVの炎上事故 これらの規制は段階的に引き上げられ、2030年には乗用車80%、バン70%、35年にガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車の新車販売は完全に禁止される。メーカーは規制を超えて販売されたZEV以外の乗用車1台につき最大1万5000ポンド(約291万円)の罰金を科せられる。 プラグインハイブリッド車(PHEV)を含むハイブリッド車は短距離なら電気で走るとはいえ、二酸化炭素を排出する内燃エンジンを使用している。排出量が少ないとはいえ、ハイブリッド車は「ゼロ・エミッション」の定義を満たすとはみなされていない。 ■EVへのシフトに重大な懸念 バンについての罰金は当初9000ポンド(約175万円)だが、来年以降1万8000ポンド(約350万円)に引き上げられる。ただし、メーカーは将来のZEVクレジットを前借りしたり、ZEV目標を上回る分を他のメーカーから購入したりすることもできる。 英国は輸送部門の二酸化炭素排出量を削減し、50年までに「ネット・ゼロ」(排出量を実質的にゼロにする)を達成する目標を掲げる。しかし、充電インフラの整備、消費者の需要が内燃車から速やかにEVへとシフトするかについては重大な懸念が残る。 9月、英国の新車登録台数はEVの大幅値引き(平均12.1%)によって前年同月比1%増の27万5239台に。バッテリー式電気自動車(BEV)の登録台数は過去最高の5万6387台(前年同月比24.4%)を記録、シェアは年末に18.5%に達する見通しだ。しかしZEV目標の22%は未達だ。 ■バッテリー式電気自動車の3/4以上は企業や政府の購入 PHEVの登録台数はガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車、BEVに比べ最も速いペースで増え、前年同月比32.1%増、シェアは8.9%。ハイブリッド車は前年同月比2.6%増で、シェアは14.2%に拡大した。ガソリン車とディーゼル車のシェアは減ったものの、まだ計56.5%もある。 BEV登録台数の4分の3以上は企業や組織、政府機関による購入で、個人需要は弱い。ZEV目標を達成するために市場を動かす難しさを浮き彫りにしている。BEVにかかる費用は依然として高く、充電インフラに対する消費者の信頼の欠如がBEV普及の大きな壁となっている。 英自動車製造販売者協会(SMMT)はメーカーが今年、EVの値引き販売のため20億ポンド(3880億円)以上を費やす見込みだと試算。ZEV開発と市場投入にすでに数十億ポンドを投資していることを考えると、持続不可能で、メーカーと小売業者の存続を脅かすと警告している。 ■ゼロエミッション車の加速に財政的インセンティブを SMMTとトヨタ、ホンダ、日産を含む英国の主要自動車メーカー12社は「ネット・ゼロ」目標を支持しているとしてレイチェル・リーブス英財務相にZEV導入を加速させるための財政的インセンティブの導入を求める緊急書簡を送った。ポイントは次の通りだ。 「ZEV規制が導入されたにもかかわらず、市場は低迷している。業界は目標達成に苦戦しており、企業はクレジットの購入や巨額のコンプライアンスコストを払わなければならない恐れがある。技術革新への投資を圧迫し、コスト増が消費者に転嫁されることにもなりかねない」 ・ZEVに対する付加価値税(VAT、日本の消費税に相当)を3年間半分に半減する。 ・税制上、ZEV購入者に不当なペナルティを課さないようにする。 ・公共充電のVATを家庭での充電(5%)と一致させる。 ・社用車購入者支援などビジネス・インセンティブを維持・拡大する。 ・来年3月以降もプラグインのバン・タクシー助成金プログラムを継続する。 英自動車製造販売者協会(SMMT)のマイク・ホーズCEO(最高経営責任者)は「コンプライアンスのコストは天文学的であり、持続不可能だ。市場の低迷により、環境への取り組みが危機にさらされ、将来の投資が危険にさらされている」という。 欧州連合(EU)離脱で英国の主要な輸出産業である自動車は大きな打撃を被った。排出量削減を巡る環境政策も前保守党政権下で長期ビジョンを欠き、漂流を続けてきた。 電動化を加速させるためにはムチ(コンプライアンス)だけでなくアメ(財政的インセンティブ)と充電インフラ整備など包括的な政策が必要なのは言うまでもない。