英国はなぜ国家間のコロナワクチン争奪戦に勝利し、世界初の接種を実現できたのか
近年、新聞やニュースでも多く取り上げられるようになった「経済安全保障」。グローバル化する「経済」は、国家の安全保障という文脈にどのように関連するのだろうか。本連載では『経済安全保障とは何か』(国際文化会館地経学研究所編/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。米中・日米・日中関係をはじめ、デジタル・サイバー、エネルギー、健康・医療、生産・技術基盤の領域において、これからの日本はどのような国家戦略をとるべきなのか、各分野の第一人者が分析・提言する。 医薬品開発から上市(販売)までのリスクと開発資金のイメージ 第6回は、経済安全保障の重点領域の一つである「医薬品」について考える。創薬産業において、欧米に対し劣勢を強いられる日本の現状や、VC(ベンチャーキャピタル)による成長投資の重要性を論じる。 ■ 医薬品開発ではスタートアップとVCが主役 いま技術開発の主流になっているオープンイノベーション、医薬品研究開発のエコシステムには、国境がない。新興技術の社会実装までは時間がかかる。スタートアップは失敗する確率が圧倒的に高い。 それでも医薬品開発では、アカデミア発の有望なシーズを基に次々とスタートアップが立ち上がり、それをVCが支え、有望なスタートアップは上場したり製薬企業に買収(M&A)されることで、新興技術が社会実装につながるエコシステムが確立している。アカデミアを含めライフサイエンスの最新研究動向を踏まえた技術の目利き、資金力、そして緻密な投資戦略がなければ、医薬品開発はもはや不可能になっている。 米欧日とも経済安全保障の重点領域として医薬品に注目するが、欧米に比して日本は劣勢である。医療用医薬品の世界売上トップ100品目のうち47を米国、44を欧州の品目が占め、日本はわずか19品目しかない(2021年)。 世界の医薬品売上高シェアでは大手製薬企業が64%を占めるが、医薬品創薬開発品目数シェアを見るとスタートアップが80%を占める。つまり世界的に創薬市場はスタートアップがリードしている。mRNAワクチンを開発したのがビオンテックとモデルナというスタートアップであったことは創薬市場のトレンドに沿ったものであった。 一般的に、新薬開発には治験を経て承認を得るまで10年以上の歳月がかかり、数百億から数千億円規模の研究開発費が必要になる。しかも、その成功確率は年々低下してきている。 1つの医薬品が承認されるまでに必要な候補数は20年前に約1.3万だったが、現在は約3万。つまり成功確率は3万分の1と極めて低い。創薬の成功はますます難しくなっており、コストは上がる一方である。投資を回収するためには最初から世界展開を視野に入れた創薬が不可欠になっている。 コロナ危機でも「日本発」として期待を集めながら実用化に至らなかった治療薬やワクチン、検査法の候補は多い。創薬ビジネスは開発期間が長く、開発資金が多額にもかかわらず、成功率が低く、薬事承認されないと売上がないなど、スタートアップの中でも事業化の難易度が高い。 臨床試験に進んでも、安全性を評価する第1相、少数の被験者を対象に有効性を評価する第2相の治験では、上市(販売)までの道のりがいまだ遠いにもかかわらず、50億~100億円の資金が必要となる。しかし日本の創薬エコシステムではVCから数千万円から数億円規模の出資を得るのがやっとの状況である。