のん”佳代子”の七変化がすごすぎる! 映画『私にふさわしいホテル』に込められた文学界への皮肉とは? 考察&評価レビュー
のんが主演を務める映画『私にふさわしいホテル』が現在公開中だ。本作は、柚木麻子原作の小説を原作に、数々のヒット作を生み出す堤幸彦監督がメガホンを取った作品だ。今回は、小説家の矜持と情熱を鮮烈に映し出した本作の魅力を紐解いていく。(文・ばやし)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
柚木麻子原作の文壇下剋上エンターテイメント
「文壇下剋上」なるあまりにも見慣れない謳い文句から繰り広げられるのは、キャラクターの個性が爆発する昭和を舞台にした痛快なエンターテイメント群像劇だ。 柚木麻子の同名小説が原作となっている物語は、権威性を帯びる文学界への果たし状かのような強烈な皮肉が込められつつ、個性がそのまま一人歩きした登場人物たちによるコミカルな復讐劇が描かれている。 始まりの舞台となるのは三島由紀夫や川端康成など、かつて多くの文豪が愛した「山の上ホテル」。しかし、映画の冒頭で颯爽と文豪の聖地へと足を踏み入れたのは、まだ単行本が一冊も出版されていない新人作家・中島加代子(のん)だった。 実は、彼女はとある出版社の新人賞を獲得したものの、大御所作家である東十条宗典(滝藤賢一)に自身の作品を酷評されたことで、単行本化が立ち消えになってしまったのだ。 そんな不遇な彼女が作家を気取るために自腹で訪れた「山の上ホテル」の一室で、原稿に手をつけようとしたところにやってきたのが、大学サークルの先輩でもあり、「小説バルス」の敏腕編集者でもある遠藤道雄(田中圭)だった。 最初は遠藤の挑発にやり返していたものの、この場所を訪れた目的が上階に宿泊する東十条だと知るや否や、彼女は自身を貶めた大御所作家への復讐を企む。 かくして、ふたりの作家人生を賭けた蹴落としあいバトルの火蓋が切られたのであった。
三者三様のキャラクターとのんの七変化
この物語で主にスポットがあたる3人の主要人物は誰も彼もが曲者ぞろいでありながら、三者三様のキャラクターを見せつけている。 滝藤賢一は文豪の格好が似合いすぎているうえに、東十条の偏屈さと純粋さの両面を引き出していて、田中圭が演じる遠藤の仕事ができる編集者っぷりも板についていた。なおかつ、恋愛に発展する気配がまるでないくらい、ふたりともちゃんと加代子を小馬鹿にしているのが良い。 ただ、何より目がいくのは加代子を演じたのんの七変化っぷり。作品内ではとある事情によってペンネームを使い分けるのだが、名前だけでなく態度や表情までも、場面に応じてコロコロと変えていく。 ドラマ『TRICK』(2000~)や『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』(2010~)シリーズなどに代表される堤幸彦監督作品ではお馴染みとなっている、何事にも気後れせずにズイズイと道なき道を進んでいく女性たちの中でも、一際、自信満々でそのうえ悪知恵も働くのがのんの役柄だ。 「もちのロンです!」などのキャッチーな返しから、東十条に向かって放つ「男尊女卑クソジジイ!」のセリフまで、一度聞いたら耳から離れないパワーワードを幾度となく放つ。 さらに、ピュアなメイドを演じて東十条を誘惑したかと思えば、ときには目をひん剥いて感情を露わにするなど、清々しいほどの豹変っぷりだった。何食わぬ顔で東十条を罠にかける姿に可愛げなどあったものではないが、のんの愛嬌もあわさってどこか憎めない。 お世辞にも性格が良いとは言えないものの、どんな場所だろうと自らの独壇場にしてしまう加代子の魅力に最後まで押し切られてしまった。 個人的に加代子がひとりで書店周りをするシーンが、原作を読んだときからお気に入りだったので、限りなく原作どおりに再現されていて嬉しかった。ぜひ、彼女の情熱と怨念が込められた渾身のパンチラインを劇場で体感してほしい。