のん”加代子”の七変化がすごすぎる! 映画『私にふさわしいホテル』に込められた文学界への皮肉とは? 考察&評価レビュー
1980年代への時代変更が生んだ昭和レトロ感
映画で印象的だったのは、物語がまとう昭和の雰囲気。ロケーション選びにも趣向が凝らされており、レトロな世界観が漂う空間を背景に、登場人物たちのコミカルな会話劇が繰り広げられている。 実は原作となった柚木麻子の小説で、物語の舞台となっているのは平成の時代。TwitterやMacといった固有名詞も何なく登場している。しかし、映画では1980年代へと時代変更が行われ、「山の上ホテル」に象徴される昭和レトロが映像の随所にちりばめられていた。 原作で加代子と遠藤が「め組の人」を熱唱するカラオケはスナックへ、小説をしたためる原稿はノートパソコンから原稿用紙へと変更され、物語には昭和の香りが否応なく立ち込めている。 作品内で流れる劇伴にもどこか懐かしさを感じた人が多いのではないだろうか。松原みきの「真夜中のドア~stay with me」や、石原裕次郎の「夜霧よ今夜も有難う」など、昭和のヒット曲が映像を彩り、登場人物たちの格好もすっかり時代に馴染んでいた。 そして何より、現代よりも多くの抑圧や理不尽な悲しみがあったであろう昭和の時代へと物語の舞台を変更したことにより、加代子の魅力が一層、輝きを増していたように感じた。
文学界への皮肉と小説家としての矜持
「出来レース」や「コネ」などの過激な言葉も多く飛び交い、小説家と出版社の力関係、書評家やカリスマ書店員の影響力など、文学界への痛烈な皮肉が剥き出しになっている本作。 授賞式での佇まいや好戦的なスピーチ内容からも、彼女の一連の行動に作者の忸怩たる想いが内包されていることは言うまでもない。 特に象徴的だったのは、銀座のCLUB「ジレ」で加代子が輝ける人と輝けない人の違いを東十条に尋ねるシーンだ。才能の差、努力の差と応える東十条に対して、加代子が放った言葉。 「私はそうは思いません! 現に才能があって努力をしても、一生スポットが当たらない人間はたくさんいる。そして、何の力もない人間がコネや政治のおかげで表舞台に立つことができる…本当にこの世は不公平だと思いませんか?」「でもね、そんな既存のルールに負けちゃいけないんですよ! スポットが当たらなかったら、スポットの下に飛び出せばいい!」 そう高らかに言い放ったあと、銀座の高級クラブで瞬く間に主役へと躍り出る姿を観て、加代子の虜になった人も多いだろう。 彼女を彼女たらしめているのは、権威のしがらみや男性優位社会への怒りであり、なすすべなく押しつけられる理不尽さに対する抵抗だ。そこに「自己犠牲の精神」はカケラもなく、自らの承認欲求と自尊心を武器に、妬み嫉みを燃やして道を切り開いていく。 文学界へのアンチテーゼがクローズアップされがちかもしれないが、著者の小説を書くことへの執念と情熱が込められた加代子が、あらゆる手段を使って成り上がろうとする姿を観て、あらためて小説家としての矜持をひしひしと感じた作品だった。 【著者プロフィール:ばやし】 ライター。1996年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部を卒業後、食品メーカーに就職したことをきっかけに東京に上京。現在はライターとして、インタビュー記事やイベントレポートを執筆するなか、小説や音楽、映画などのエンタメコンテンツについて、主にカルチャーメディアを中心にコラム記事を寄稿。また、自身のnoteでは、好きなエンタメの感想やセルフライブレポートを公開している。
ばやし