不適切にもほどがあり過ぎた昭和バイク少年達の日常【昭和エモ伝 Vol.1】
ライター・牧田哲朗が昭和時代のバイクシーンを振り返る
もうすぐ二輪メディア歴50年となるベテランライターが、日本におけるバイク黄金時代のアレコレを実体験と共に振り返る昭和郷愁伝。タイトルを改め、紙面からWEBへの引っ越し連載・第1回目は、改めて筆者がバイクに乗り始めた1970年代頃のお話です。 【写真】TVドラマ「ザ・ゴリラ7」のロケで九十九里浜を走るカワサキ750RS(Z2)
クラスの男子はCB派とマッハ派に分かれて大激論
私にとってのバイク原体験は、父方の田舎だった。農家をやっていたものだから、仕事の都合でモータリゼーションが早かったんだね。帰省時に風邪を引いた幼少の私を、叔父が三菱・シルバーピジョンの前に立ち乗りさせて、病院まで連れて行ってくれたことが一番最初のバイクの記憶。熱でもうろうとしながらも、あのドキドキと爽快感は忘れられない体験となり、その後は、家にあったリトルホンダに乗って裏庭や河原で遊ぶのが日常に。 中学生になるとバイク好きが進む印象的な出来事が多発した。まず、’68年の第15回・東京モーターショーでホンダCB750フォアが発表されると、クラスの男子はCB派とマッハ派に分かれて大激論。といっても所詮中坊なので、4ストと2ストの違いもよく分からず、排気量とデザインで趣味嗜好が分かれただけなんだけど(笑)。そして、’69年には週刊少年キングにて望月三起也先生のワイルド7の連載が始まり一大ヒット作に。それまでの漫画に登場するバイクは機種名を判断できるものは無かったけど、ワイルド7はしっかり書き込まれていてリアリティがあったんだよね。翌’70年には映画・イージーライダーの公開と共に第一次アメリカンブームも始まった。もうとにかく、日本は社会的にバイク熱が高まっていく時代でした。 同級生の友人には、2歳上の兄と1歳上の従兄弟がいて、彼らとモデルガンで毎日のように遊んでいた(当時のモデルガンは金属製で、中に遮蔽物は入っているものの銃身は貫通。色の規制も入る前だった。まぁ男の子なら普通に好きな趣味ですな)。年上の友人がいるということは、それだけマセた情報に触れているわけで、必然的にバイクにのめり込む時期も同級生よりも早かったね。もちろん16歳で即原付免許取得し、すぐに自動二輪免許も取得(当時はこれで大型バイクにも乗れた)。そこで自分の運命のバイクとなったカワサキ750RS(通称Z2)が’73年に登場する。