大河ドラマ「光る君へ」で話題の「源氏物語」 紫の上に赤紫の着物、色が映す光源氏の心理
連載《カラーコミュニケーション》Vol.7
NHK大河ドラマでも話題の「源氏物語」。平安時代に紫式部によって書かれたこの長編小説には、豊かな色彩が描かれているのも特徴の一つです。今回は主人公の光源氏が愛した女性たちの衣装の色に注目。それぞれの色が彼らのラブストーリーにどう絡んでいるのか、カラーセラピストの志村香織が解説します。 【イラストをもっと見る】光源氏が愛した女性たちに贈った着物とは……。源氏物語の世界にいざなってくれる、谷本ヨーコさんのイラストはココからチェック!
■女性たちにふさわしい色を選ぶ「歳暮の衣配り」
染色の技術が大きく発達した平安時代、貴族たちは実にカラフルな着物をまとっていたといわれています。特に宮中の女性たちは「かさねの色目」という、四季折々の自然界の色を取り入れた配色パターンを基にファッションを楽しんでいたようです。世界最古の長編小説といわれる紫式部の「源氏物語」にも、美しい色彩表現が多数登場します。 特に有名なのは光源氏が愛する女性たちに向けて、それぞれにふさわしい正月用の装束を選ぶ様子を描いた「歳暮の衣配り」。光源氏の隣にいるのは事実上の正妻であり、最愛の女性である紫の上です。 彼女が光源氏に「お召しになる人に似合うものを選んだほうがいいですよ」と助言をすると、光源氏は笑いながら「(選んだ衣装から)それとなく、彼女たちがどんな人なのかを推測しようとしているのですね」と答えます。 女性たちは同じ屋敷に住んでいましたが、紫の上は彼女たちと顔を合わせたことがありません。そこで紫の上は、女性たちがどんな人物で、光源氏がそれぞれに対してどんな思いを抱いているのか、選んだ着物から察しようとしたのです。
■心の傷を癒やす「紫の上」の赤紫
光源氏が最初に選んだのは、紫の上に贈る着物でした。その色合いはこのように書かれています。 「紅梅のいと紋浮きたる葡萄(えび)染の御小袿(こうちぎ)、今様(いまよう)色」 葡萄色は赤紫色のことで、当時、最も高貴な色の一つでした。今様色とは、流行色の淡い紅花色を指します。優雅でなおかつトレンドも反映されていることから、紫の上は光源氏にとって誰よりも大切な存在だったことが分かります。 紫の上は、光源氏がかつて憧れていた義母の姪(めい)でした。義母は亡くなっており、紫の上は母方の祖母に育てられることに。光源氏は紫の上がまだ少女の頃に初めて出会い、義母の生き写しである紫の上に興味を持ちます。そして、紫の上の祖母が亡くなると、光源氏は紫の上を引き取り、自分好みの女性へと育てようとします。 やがて光源氏の正妻・葵の上が亡くなると、紫の上は光源氏の妻として迎えられます。しかし、事実上の正妻とはいえ正妻と認定されていなかったこと、光源氏が左遷されて一時滞在していた先で別の女性(明石の君)と愛人関係になったこと(しかも2人の間に生まれた娘を紫の上が養女として育てることに)、さらには別の女性が正妻になったことなどで、散々傷ついてしまいました。 もうこりごりとばかりに出家しようとしても、紫の上を愛してやまない光源氏の許可が下りず、ストレスを抱えたまま病で亡くなってしまいます。自らの浮気癖が原因で最愛の人を悩ませ続けたことを反省した光源氏は、出家を決意するのでした。 「歳暮の衣配り」で紫の上に贈られた着物の色・赤紫には、現代の色彩心理学の視点では深い愛情、成熟、プライド、心の傷を癒やすといった意味があります。光源氏の寵愛(ちょうあい)を受け、一見恵まれているようで、苦しみを抱えていた紫の上。光源氏が自分のために選んでくれた赤紫の着物は、彼女にとってどこかホッとするような、一時の救いとなるものだったかもしれません。