「失敗はその後が肝心」。伊藤忠岡藤CEOが語る、信頼回復のためにすべきこと
「名言とは聞いてすぐに実践できる言葉。響きがよくても実践できない言葉は名言ではない」
岡藤は名言というものの本質を理解している。言葉に感じ入るだけではなく、感心した言葉があったら、その言葉通りに瞬時に行動する。 「自分が聞いた言葉、いいなと思った言葉を僕はメモして、そして、すぐに実践してきた。実践しないと何の意味はない。 『商人は水』と聞いて、その通りと思ったから、お客さんが欲しいものは何かと考え抜いた。紳士服地に女性が好きなブランドネームを入れたのも商は水という言葉を実践する意味合いからだ。今、よく使っている『マーケットイン』『お客さんに聞け』という言葉も元は『商人は水』があったから。言葉は聞くだけじゃいけない。メモするだけでもダメ。実践しなければいけない。実践しないと自分の言葉にならない」 イギリスの女性首相、故マーガレット・サッチャーはこう言った。引用した言葉で、元はヒンドゥー教の教えと言われている。 サッチャー元首相もまた岡藤と同じように、言葉は行動するためのものとわかっていた。 「最近の人は、『どう感じるか』を重視しすぎて残念です。 感じることよりも考えることが大切なのです。考えは言葉になり、言葉は行動になり、行動は習慣になり、習慣は人格になる。そして、人格は運命となる。考えることが人生を作っていくのです」
「信用、何よりも大切なもの」
この記事のなかでもっとも大切な言葉が信用についてのそれだ。 「人の信用は一度失うと、なかなか取り戻せません。僕には若い時の痛烈な失敗の記憶があるんだ。入社数年目の頃、イタリアへ行く機会があった。それまで海外へは一度も行ったことがなかったから、上司が『世界を見てこい』と送り出してくれた。 そうしたら、イタリアの駐在の先輩で実力者だった人が、僕のために現地の取引先の要人と面会するアポイントを入れてくれた。ところが、行き違いもあって、僕はそのことを知らずに、要人をほったらかしにして、あげくに売り場の視察と、女子社員に頼まれていたグッチなどお土産を探しに外出していた。とんでもないことですよ。好意でやってくれた先輩には失礼をしたし、取引先の顔もつぶしてしまった。 帰国してから、えらく怒られたのは言うまでもありません。何よりもつらかったのは駐在員の方々の信用、そして、取引先の信用を失ったこと。ほんとに信用は大事だ。 もうひとつある。これは僕の失敗やなくて、僕ががっかりしたことや。それは老舗百貨店の電話応対と接客サービスです。 筆耕というのがあるでしょう。のし袋に毛筆で文字と名前を書いてもらうこと。いまや筆耕をやる百貨店が減っているので都心の老舗百貨店へ行きました。 書いてもらった後、墨が乾くのに1時間かかると言う。近所を散歩していたのですが、30分も散歩したら、もう行くところがない。 じゃあ、あとで取りに行きますわと代表番号に電話したら、長く待たされた挙句に別の売り場に電話を回された。何より、電話をかけてから交換手が出るまで8分も待った。これはさすがに長い。僕は老舗百貨店のサービスを評価していたから行ったのに……。しかし、百貨店がお客さんを電話口で8分間を待たせるのはちょっと違うんじゃないか。 その時に思い出したことがある。同じ老舗百貨店のこと。伊藤忠の新人時代、あるラシャ屋の支店長に聞いた話や。昔、老舗百貨店にはサービス、接客にうるさい副社長がいた。泣く子も黙る人で、業界の名物男やな。 ある財界人が、その副社長の紹介で、外商で買い物をしたわけです。買い物をしてキャッシュで払った。ところが、しばらくしたら払った売り場から請求書が届いたという。 その人は何気なく副社長に連絡して、「請求書が来とるけれどお金はもう払ってるよ」と告げたわけだ。それを聞いた副社長は財界人に平謝りして、その後、かんかんに怒ったらしい。 『店の信用問題にかかわる』と担当の部長を荷造りの担当に左遷した。それくらいサービスの質には厳しい百貨店だからと僕は信用したんですが、インターネットの時代になって、電話の取次ぎなんてもう教えないのでしょう。信用をなくすのは簡単。取り戻すのは難しい。 僕が言いたいのは信用、マナーやサービスというのがお客さんにとってどれだけ大事か。一度のミスが原因でお客さんは離れていく。これは大切にしないといけない」 岡藤が言うように信用、マナー、サービスは大事だ。そして、大事ではあるが、失敗することもある。 筆耕の問題の場合は8分間、客を電話口で待たせたことがそもそもの失敗だが、その後がよくない。その後、岡藤の元に筆耕したのし袋をすぐさま届けるなりすればよかった。 待たせた挙句、何もせずに取りに来させるままにしておいたことが次の失敗だ。 人間は一度の失敗は取り戻すことができる。一度の失敗を取り繕おうとしたり、また放置したままにするから信用を回復できなくなる。 政治家の失言を見ていればよく理解できる。一度目の失言は心を込めて謝罪すれば周りも少しは納得してくれる。しかし、謝罪会見でもう一度、失言したら今度は回復不能だ。失敗は初動を誤らないのが肝心だ。 もし失言したら、「しかしながら」「だけど、私は」「あの時の判断は間違っていなかった」などと余計なことは言わない。火に油を注ぐだけだ。
「か・け・ふ」の削る
伊藤忠には「か・け・ふ」という商いの三原則がある。そのうち、「稼ぐ」については第一章で取り上げた。では、削るとはどういった行為なのだろうか。
野地秩嘉