新聞記者を辞めて、メキシコに留学するほど引きずり込まれてしまった『百年の孤独』の魔術的魅力 池澤夏樹と星野智幸が語る【第1回】
星野 僕が『百年の孤独』を読んだきっかけは、安部公房でした。大学時代に安部公房にハマっていまして、安部公房の言うことは全部聞こうという時期があったんです。それで安部公房の勧める本を片っ端から読んでいるときに『百年の孤独』も手に取りました。80年代の半ばだったと思います。池澤さんが読書における根源的な喜びとおっしゃいましたけど、僕もガルシア=マルケスの文章を読むことがとにかく楽しくて心地よくて仕方なかったんですよね。今回改めて読み直したら、ただただ気持ちがいいから時系列とかどうでも良くなっちゃうんです。適当に開いたどのページでも必ず何かが起きている、その魔力というか。全編を貫いてそれがあるのがこの本の最大の魅力だと思います。 池澤 そう。1ページ単位で面白いんですよ。だから次は何が起きるんだろうって先を追わざるを得なくなる。 星野 キリがいいところで止めようと思うんだけど、キリのいいところなんてないんですよね。次へ次へと繋がるように書かれているから。夢中になってガルシア=マルケスを読んでいるうちに、今度はどうしてこんなふうに書けるんだろうと気になり始めました。それで新聞記者を辞めて、メキシコに留学に行くことにしました。この小説の原理はなんなのかを解明しようと思ったんです。『百年の孤独』と出会ったせいで、今に至る不思議な運命に引きずり込まれてしまったわけです。 池澤 星野さんはそこまで踏み込んでしまいましたか。 星野 はい。引きずり込まれることがどこか快感だったんです。僕は80年代に文学を勉強していたんですが、あの頃、欧米を中心として成立してきた近代文学はもう終わったと言われていました。ヌーヴォー・ロマンで袋小路に陥っていて、あとは焼き直しでしか文学は作れないと教わりました。そんなときにこの小説と出会い、僕は自分の文学観を大きく覆された気がしたんです。なんだよ、まだ終わってないじゃないかって。 池澤 そこからラテンアメリカ文学全体を捉える方に進んでいったわけですね。 星野 そうですね。この小説はなんだろうと思って調べると、ラテンアメリカ文学ブームと呼ばれるものがあったことを知ったんです。それなら網羅的に読めるだけ読んでみようという気になりました。 池澤 僕はガルシア=マルケスに続いてバルガス=リョサやカルペンティエールやプイグを読んだかな。でも、リョサも面白いし、力量があるけど、ガルシア=マルケスはまるで質感が違うんですよね。 星野 わかります。もちろんラテンアメリカ文学の他の小説家も1個1個すごい衝撃を与えてくれるんですが、何か解き明かせない感じがあるのはガルシア=マルケスだけでしたね。 池澤 リョサはまだ従来の小説に重なっている部分が多いんですよ。組み立て方が近いというか。『世界終末戦争』も『楽園への道』も一応、普通小説というものの体裁を成している。だから読者を小説に引き込む力みたいなものはプロットのなかに組み込まれていると言えると思う。それは別におかしなことではないし、誰しもそうするはずなんですよ。だけど、ガルシア=マルケスはそれをしない。1つひとつのエピソードと登場する人たちの人格、それから場所。それらの小さな繋ぎだけで最後まで持っていってしまう。あれは他の人にはできないことですね。 *** 第2回では、日本の常識が通用しないメキシコのめちゃくちゃな世界を体験して得た「ラテンアメリカ文学的世界」について語った対談をお伝えする。 (全6回の一覧はこちら) *** 池澤夏樹 作家。1945年北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。東京、ギリシャ、沖縄、フランス、札幌を経て、2024年5月現在安曇野在住。主著『スティル・ライフ』『母なる自然のおっぱい』『マシアス・ギリの失脚』『楽しい終末』『静かな大地』『花を運ぶ妹』『砂浜に坐り込んだ船』『ワカタケル』など。「池澤夏樹個人編集 世界文学全集」「同 日本文学全集」を編纂。 星野智幸 作家。1965年ロサンゼルス生まれ。早大卒業後、新聞社勤務を経てメキシコに留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞受賞。主著『目覚めよと人魚は歌う』『ファンタジスタ』『俺俺』『夜は終わらない』『焔』など。 [文]新潮社 1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。 協力:新潮社 新潮社 新潮 Book Bang編集部 新潮社
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