いっぱいいっぱいのママへ。頑張らなくてもすごいんだよ…心を軽くする絵本
生まれたばかりのわが子と創作活動重なった
こうして唐橋さんにストーリーが渡されたのは、昨夏のこと。ナミダロイドをどんな姿にするか、とても悩みました。このロボットは一体だれが、何の目的で作ったのか。ナミダロイドが突然届いた人が、怖いと感じないためには、どうしたらいいのか。 寺井さんからは、ナミダロイドの目の下に涙型のランプを付けるという注文があり、ぬくもりからほど遠い道化師のように見えないだろうか、「一生終わらないんじゃないか……」。何度も何度も描き直したといいます。 同時期、私生活でも大きな変化がありました。妻で、女優の水野美紀さんとの間に第一子が誕生したのです。「寝たら描けるかなって、抱っこ紐もやってみたけど、無理。起きちゃう。きょうは育児の日って割り切るようにした」。生まれたばかりのわが子と向き合う中で、思うように進まない創作活動。「随分メタメタな精神状態で描いた」とそのときを振り返ります。 しかし、だからこそ、描けたという思いも。「子育て中の家の写真ってネットじゃ落ちていないんですよ。みんなモデルルームのようにきれい」。水野さんが動線や利便性、子供の安全性を考えて模様替えした部屋の家具などの配置、子供を抱っこしているモデルになってもらったことなど。 「遅いなあ」、「色、いいじゃん」、「かわいいじゃん」。「アメとムチ」(唐橋さん)のように励ましの言葉を使い分けて、創作に付き合ってくれたという水野さん。「妻には本当に迷惑掛けた」と少し照れたように頭をさげながら話しました。
育児の中で感じた感謝の気持ちと混乱
2月には、絵本作家のぶみさんが作詞、NHK「おかあさんといっしょ」のうたのおにいさんを務めた横山だいすけさんが歌う『あたしおかあさんだから』の歌詞をめぐり、SNSなどで騒動がありました。母親が日ごろ我慢していることが描かれたことで共感する声も多かった一方、「自己犠牲の賛美」という強い反発があり、のぶみさんやだいすけおにいさんが謝罪のコメントを出しました。 育児の大変さを表現することがナーバスに受け止められることもある。そんな風潮の中で出版のタイミングとなり「正直言って男性で作ったということでの引け目はある」と二人は話します。「男子ってもともと言葉足りないんです。言葉足らずなところがあれば『ごめんなさい』。でもそれよりも、ママはすごい、かなわないなって気持ちに寄せたい。伝えたい」(唐橋さん)。 子育てママの「刺さりやすい」デリケートな感情。唐橋さんも「今も、育児って本当にわけわかんない。自分の気持ちが分析できてない」とそうした感情に手こずりました。「初めて子供を抱いたときには親に対して、感謝してもしきれない気持ちが大波のように押し寄せた。なのに、福島から手伝いに来てくれたおふくろにあたってしまったんですね」 感謝の気持ちはあるのに、感情を制御できない育児パニックに身を置いたことで、祖母たちの「すごさ」も感じたといいます。 「おなかの中で十月十日育てた母親がわからないのに、おばあちゃんたちは、なんでも知っている。赤ちゃんの泣き声一つで『おなか減っているんだよ』『おしめだよ』『抱っこしてほしいんだよ』『眠いんだよ』って」。まるで、作品の中で子供の涙のわけを教えてくれる「ナミダロイド」のようだった、と笑います。「でも現実は、祖父母の協力が得られない人も多い。ナミダロイド不在。これはきついよね、って妻と話しましたね」 絵本でも、“父親不在”。わずかに存在を感じさせるのは、ベランダにある大きなサンダルと水滴が垂れている男性の靴下だけです。孤独な母親の心象風景を具現化したかのように、もの悲しい色遣いで主人公の世界は表現されていきます。ところが、古めかしい乳母車など、描かれたベビー用品から、優しさや懐かしさも伝わってきます。 「子供のものって一時期だから、本当にきれいに使って次に渡すんですよ」。そこには、唐橋さん夫婦がたくさんの知り合いから譲り受けた洋服やベビーベッドなど“お下がり”への感謝の思いがこめられています。孤独感にさいなまれがちな育児。でも「気が付いたら人とつながっていたんですね」 本作が、唐橋さんの初出版絵本。「1週間前でさえ何があったか思い出せない子育てのタイミングで、不思議な縁」。夫婦にとって大切な一冊となりました。 作品を読んだ子育て中の男性からはこんな声をかけられました。「妻がトイレの中で泣いていた。哀しいのでもない。わけわからない、と。だからこの絵本の話がとてもわかります」。唐橋さんは「子育てから遠ざかったお父さんにも是非読んでほしい」と願います。 「絵本に描かれているママの、最初とエンディングのころの表情の違いに注目してほしい」。ストーリーを手がけた寺井さんは希望します。「子供の前では、涙見せられないというお母さんが多いですけど、母親こそ泣きたいこともあると思う。泣いたっていいんですよ」 ---------- 絵:ミシエル・カーラー(唐橋 充) イラストレーター。俳優。俳優・唐橋充として、『仮面ライダー555』『侍戦隊シンケンジャー』『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル NEVER ENDING ODYSSEY』ほか、特撮作品などに数多く出演。仮面ライダーシリーズ、スーパー戦隊シリーズでは、イラストレーターとしても作品に携わる。また、個性派舞台俳優としても注目を集めている。イラストレーターとしては、2012年に個展『Mono Klow』を、2017年には『Mono Klowの庭』を開催。本書が自身初の絵本作品となる。 作:寺井広樹(てらい ひろき) 涙活プロデューサー。涙を流すことで心のデトックスを図る「涙活」を発案。涙活関連の番組、映像、楽曲などの制作に携わる。『涙活でストレスを流す方法』(主婦の友社)、『泣く技術』(PHP研究所)など著書多数。