「付き合わなかった人って、綺麗なままでいてくれる」映画監督・枝優花、『パスト ライブス/再会』を語る。
金原 今回の『パスト ライブス/再会』で好きな演出やシーンはありますか? 枝 この監督の好きなところは、運命っていう、 かなりロマンティックなことと相反する演出をし続けているところですかね。説明的ではないですし、ヘソンがどれだけ不器用かっていうところとかもすごく引きで見せたりとか。ラストがやっぱりいちばん、私は好きでしたね。かなりロングショットで撮って、ノラが行って、戻ってくる時までずっとそれを続けて。それがすごい良かったんですね。人生が点と線みたいな感じだったら、直線上にこの人がいて......みたいなことを見せられてる感じがあって。すごく計算されて、構図が成り立っている。 金原 おもしろいのは、ノラとヘソンのデートの時は結構淡々とした感じだったのに、アーサーという夫が出てくると、突然みんなものすごい揺れ出す。 そんなに初恋の人って存在が大きいかとか思ったり。でも、枝さんが楽屋の中で「付き合ってない、恋にもなってない好きだった人って、ものすごいロマンティックに思えてくるから『無敵な人』」だって言われたんですけど、ヘソンは確かに無敵感があります。 枝 一度でも付き合ってしまってお別れすると、現実を見てるので(笑)。付き合わなかった人っていつまでも綺麗なままでいてくれるというか。自分で描く理想なんで崩したくもないし。ただただ完璧だなと思います。 金原 本当にアーサーがかわいそうで......韓国語でヘソンとノラが盛り上がってる不安そうな、バーのシーンはほんとサスペンスです。 枝 せっかく旦那さん連れてきてるのに、こんなに長いこと昔の人と喋らないであげてよと思いました(笑)。 金原 冒頭、「あの3人はどういう関係かしら」みたいなロマンティックな導入がされるのに、こんな恐ろしいシーンになるのか、と思いましたね(笑)。
金原 『パスト ライブス/再会』の製作はA24という 2012年に設立されたアメリカのインディペンデント系の、ニューヨークを拠点とする映画会社なんですけど、とにかくアカデミー賞に毎年いい作品を送り込んでいて。今年はこちらもアカデミー賞にノミネートされたジョナサン・グレイザー監督の『関心領域』(編集部注・アカデミー賞国際長編映画賞、音響賞受賞)もA24製作です。リー・アイザック・チョン監督の『ミナリ』や、コゴナダ監督の『アフター・ヤン』など、アメリカに暮らす移民の方々のバックグラウンドを大切にした企画でヒット作を生み出しているんですが、まだ日本映画監督が選ばれてなくて。もしこうした企画に枝さんが参加するとしたら、日本人としてどういうエッセンスを加えていきますか? 枝 「平和な国の映画はつまらない」ってよく言われます。日本には、たとえば戦争みたいな誰が見ても問題な状態というのはないんですけど、 慢性的にある「貧困の思考」みたいなものとかはずっと感じていて。自分たちは 非常に苦しいんですけど、そこが他国から見たら興味深いんだろうなって思います。 あと、日本にあんまり宗教がないっていうこととか、すごく私は不思議で、 他の国の人とかにも「どうして宗教がないのに君たちは生きてられるの? 何を信じて生きているの?」ってよく聞かれるんですが、わからない。 ただ、だから最近、これだけ「推し文化」が広まってるんだなと思うんですよ。「推し」とか「アイドル」っていうのはちょっと宗教に近いというか、これを軸に生きていればなんか安心できる、寄り添えるみたいなもの。日本人が何を信じて何に頼っているのか。謎の団結力があったり、正義感があったりっていところがすごい私は気になるので、まだまだアイデア段階の話ですけど、テーマにできたらおもしろいと思います。