特養の“看取り犬”「文福」 90歳代女性が亡くなる前夜、ベッドで顔なめる…見守った家族は、抱きしめ感謝
ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」では、犬や猫と一緒に暮らすことができます。施設長の若山三千彦さんが、人とペットの心温まるエピソードを紹介します。 【写真4枚】皆を癒やしてくれる文福
ペットと暮らせる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」で“看取(みと)り犬”と呼ばれる「文福(ぶんぷく)」が、加齢に伴って嗅覚が衰え、看取り活動ができなくなりつつあると、今年4月(関連記事リンク)と6月(同)のコラムで書きました。おそらく、事実だと思うのですが、だからといって看取り活動が全くできなくなったというわけでもなさそうなのです。この10月、文福は、とても文福らしい看取り活動を見せてくれました。 「さくらの里山科」の飼い犬で元保護犬の文福は、自分と一緒に暮らすユニット(区画)の入居者の逝去が近づくのを“察知”し、その方に寄り添って最期を“看取る”という行動を取るので、“看取り犬”と呼ばれるようになりました。
10月に逝去された入居者の宮田康子さん(仮名、90歳代女性)は、文福を大変かわいがってくれていました。犬と暮らせるユニットの入居者は、大の犬好きという方を厳選していますので、皆さん、文福たちをとてもかわいがってくれます。その中でも宮田さんは、文福を特別かわいがってくれていました。だから、文福も宮田さんが大好きでした。文福は、ユニットの入居者全員が好きなので、どなたのところにも甘えに行くのですが、宮田さんのところにいる頻度は、とても高かったと思います。リビングの食卓では、宮田さんの隣のいすに座っていることが多く、宮田さんのベッドに上がって寄り添って寝ている姿もよく見かけられました。 そんな、特別大好きな人だった宮田さんに逝去が近いことを、衰えた嗅覚でも“察知”することができたのかもしれません。入居者の死を“察知”するのは、臭いの変化によるものでしょう(私の仮説です)が、死を“察知”して寄り添うのは、文福の思いによるものでしょう。そうだとしたら、文福の宮田さんに対する強い思いが、衰えた嗅覚を補ってくれたのかもしれません。 宮田さんが逝去される前日の夜7時半頃、文福は自分で扉を開けて、宮田さんの部屋に入ってきました。そして、宮田さんのご家族が見守る中、ベッドに上がって宮田さんに寄り添い、その顔をなめたのです。そうやって、ひとしきり別れの挨拶をした後、静かに部屋から出ていきました。 実はこの時、職員は居合わせておらず、文福の行動を見ていませんでした。宮田さんのご家族から教えてもらったのです。ご家族はとても喜んでいました。宮田さん本人はもう意識がない状態だったので、おそらく文福が来たことにも気づいていないと思われますが、それでもうれしかった、とご家族は話していました。 翌日未明、宮田さんは静かに息を引き取りました。ご家族に見守られての大往生です。その時、文福はケージの中にいた(毎晩、寝る時はケージの中に入れています)ので、宮田さんの部屋へ行くことはできませんでした。しかし、いつもの時間にケージから出すと、文福は真っ先に宮田さんの部屋へ向かいました。また自分で扉を開けて入っていき、宮田さんに寄り添い、いとおしむように顔をなめたのです。その様子を見ていたご家族は、感動したとおっしゃり、文福に何回も何回もお礼を言っていました。 葬儀会社が宮田さんのご遺体を搬送する際、職員と共に文福も玄関までお見送りしました。ご家族は車に乗り込む前に、文福を抱きしめると、「ありがとうね、文福」と言ってくれました。