世界「最速」で復活するインバウンド、でも国民が豊かさを実感できないワケ
大都市の百貨店免税売上高が絶好調
もちろん、インバウンド増加にはプラスの面も多々ある。少し前まで国も高らかに「観光立国」をうたっていたように、経済効果は少なくない。 恩恵を被るのは観光関連業界だけではない。小売業界、農林水産業、製造業などすそ野は広いが、ここでは、インバウンドが多数訪れ、高級ブランドのバッグや時計、宝飾品など高額品が飛ぶように売れている百貨店を見てみよう。 百貨店免税売上高はほぼ右肩上がりに伸びている(図表3)。 2024年5月は円安効果などから、前年同月比231%増の719億円と過去最高を更新した。ただ、どの百貨店も好調なわけではなく、売上が大幅に伸びているのはインバウンドが押し寄せる東京、大阪、京都、福岡など大都市圏の店舗だけである。
性善説に立つ日本の免税制度
急速に伸びる免税売上は問題もはらんでいる。免税制度を悪用した転売の横行である。 インバウンドに対する免税制度は国によって異なる。日本の場合、免税店でインバウンドなど非居住者が購入した物品は「日本で消費しないので輸出と同じ」という趣旨で、5000円以上購入すれば消費税が免除される(一部商品に免税上限金額などの条件あり)。パスポートを提示すれば消費税を支払わずに済み、出国の際、購入した物品をチェックされることもまれである。この制度の隙をついて、国外に持ち出さず、日本国内で転売する例が一定数見受けられる。 税関を中心に実施した調査によれば、2022年度に免税品を1億円以上購入した人が374人いた。このうち57人を追跡調査したところ、購入品を国外に持ち出した人は1人だけだったという。残りの56人は転売などをしたとみられる。本来の趣旨に反する不正行為である。 日本の免税制度は1952年、消費税ではなく物品税の時代に創設され、世界最古の免税制度とされる。海外では1980年代、欧州で免税制度が始まったが、日本とは比較にならないほど面倒である。 フランスを例にとると、最低購入金額100.1ユーロという条件があるが、手続きをすれば最大13%の付加価値税が返ってくる。ただ、手続きは非常に面倒で、(1)店頭で付加価値税を含んだ金額を支払い、免税書類をもらって必要事項を記入する(時間がかかる)、(2)シェンゲン協定加盟国の最終出国地の税関で、未使用・未開封の購入品、免税書類とパスポートを見せて確認のスタンプをもらう(ここでもたいてい長蛇の列)、(3)手続きがめでたく完了すると、後日クレジットカードの口座に振り込んでもらうなどの方法で税金が還付される。いくばくかのお金を戻してもらうのにここまでするかという煩雑さである。 ちなみに、欧州以外でも韓国、豪州などに免税制度があるが、米国には基本的に免税制度はない。 ところで、日本は、なぜこのような性善説に立った免税制度を構築したのだろうか。インバウンド誘致、産業振興の観点から始めたのだろうが、残念ながら、この世は善人ばかりではない。日本政府も転売行為を問題視しており、不正対策として、いったん消費税込みで商品を購入してもらった後、出国時に消費税分を払い戻す還付方式の導入を目指している。
インバウンド本格解禁から1年半─豊かさを実感するには
どさくさに紛れて転売ヤーまで出てきたわけだが、これを脇においても、多くの国民はインバウンド急増の恩恵を実感できずにいる。転売などの不正行為はこれから本格的に取り締まるとして、インバウンド増を豊かさ実感に結び付けるには、「インバウンドが一部地域に殺到して地方では閑古鳥が鳴いている問題」を解決する必要がある。 日本の地方部には、まだインバウンドがほとんど訪れていない観光資源が多数眠っている。地方誘客が進めば、オーバーツーリズムも緩和され地域振興にもなる。時間もエネルギーもかかるが、地方の魅力を発信し、受け入れ態勢を整え、地方空港に国際線を呼び込んでいくといった地道な取り組みが求められる。
執筆:東レ経営研究所 チーフアナリスト 永井 知美