「本当にあった」に学ぶ、トレッキングの撤退ライン「積雪時の涸沢登山」
穂高が好きです。槍より断然穂高派です。好きすぎて一番よく通った時期には、年に5回登ったこともあります。ですが、なぜか初夏には登ったことがなかったのです。それが、とある方のトークイベントで、 「梅雨の晴れ間に来てごらんよ。穂高は最高の季節だよ」という話を聞いて、一度行ってみたいと思ってました。 【写真】残雪が残る6月の涸沢登山を見る(全10枚)
『岳』のモデルに誘われて……
映画化もされて大ヒットした山岳マンガ『岳』(石塚真一作)。主人公・島崎三歩のモデルとなったのが、穂高岳山荘の元小屋番、宮田八郎さん(故人)です。神戸市灘区出身で、生前に地元の摩耶山でトークイベントが行われたとき、お話を聞きに行ったのです。 長年山岳救助にも関わってこられ、穂高を知り尽くした山男の話はとても楽しくて、彼がイチオシと語っていた6月の穂高にぜひ行きたい、と思いました。3年ほど経って、ようやくその時期に時間が取れたので、行ってみることにしたのです。 天気図をにらみながら、梅雨の晴れ間となりそうな三日間を狙って入山。上高地は爽やかな気候で、観光客がのんびり散策を楽しんでいました。谷筋には残雪があるものの、山裾は新緑が美しく、初夏の陽光にキラキラと輝いていました。 本当は、徳沢からパノラマコースを登るつもりだったのですが、現地で通行止めになっていると知って、横尾から横尾谷の一般ルートを行くことに。 横尾大橋を渡って、屏風岩を回り込みながら登っていきます。ところどころ岩肌に残る残雪の白と、萌え出たばかりの新緑と、可憐なミネザクラ。八郎さんが言っていた通り、梅雨の晴れ間の穂高はうっとりするような美しさでした。初めて出会うお花もたくさん。 涸沢が近づいてくると、ルート上でところどころ雪面を横切るところが出てきます。 さほど傾斜もないし、雪はザラメ状、滑り止めは必要ありませんでした。残雪に備えて、ソールが固いアルパインブーツを履いていて、念のためトレッキングポールと滑り止めの「チェーンスパイク」も持っていたのですが、出番はなし。 サクサクと涸沢ヒュッテに着いて一休み。ここから、ザイテングラートを詰めて、白出コルにある穂高岳山荘を目指すつもりでした。この時期にココへ来るきっかけを作ってくれた宮田八郎さんは、この年の早春にシーカヤックの事故で亡くなられて、行っても会えるわけではないのですが…….。