香りはバナナ、味は焼き芋…「東京島酒」ってどんなお酒? 国が18年ぶりに「お墨付き」、都心から100キロ以上離れた島々の挑戦とは
東京都心から南に約120~650キロの太平洋上に連なる伊豆諸島。その島々で造られている焼酎「東京島酒」が今年、地域の特産品に国が「お墨付き」を与える地理的表示(GI)に指定されたのをご存じだろうか。制度を所管する国税庁によると、その特長は草木のような清涼感と、脂が乗った刺し身にも負けない強いうまみとのこと。いったいどんな酒なのか。知られざる「幻の酒」に迫った。(共同通信=助川尭史) 【写真】なぜ国税が主催?日本酒コンテストは「意外とガチでやってます」白衣を着込み…まるで化学実験のように
▽ルーツは江戸時代、流刑地の歴史が生んだ独自の製法 羽田空港から飛行機で約50分。4月、伊豆諸島南方に位置する八丈島の空港に降り立つと、湿気を含んだ南国の暖かい風が肌をなでた。さっそく地元の居酒屋に足を運び、お目当ての東京島酒を注文。特産のアシタバの天ぷらをあてにグラスを傾けると、素朴な甘みの後に、バナナのような果実香が鼻を抜けていった。 翌日、たたきつけるようなスコールの中、島内最大の蔵元「八丈興発」を訪れた。「雨が多いこの島ではこんな天気は日常。こういう日はやることがないからか観光客から見学の問い合わせも増えるんです」。代表取締役の小宮山善友さん(48)はそう笑う。20年前に本土からUターンして家業を継いで以来、伝統の味を守り続けてきた。 伊豆諸島の酒造りのルーツは、江戸時代にさかのぼる。当時流刑地とされていた諸島には、武士や僧侶など高度な教養や知識を持つ人が流されることも多かった。1853年、八丈島に薩摩国(現在の鹿児島県)から密貿易の罪で送られた流人が、故郷で造られていた芋焼酎の技術を伝承。酒造りに欠かせないこうじには、高温多湿な火山島で貴重な米の代わりに麦を使う独自の製法を確立し、他の島にも広がっていった。
小宮山さんは「苦肉の策」で使われた麦こうじが本土の焼酎との違いを生み出していると説明する。「麦こうじを使うことで、焼き芋のような芋本来の甘みが引き立つ。後味はすっきりとして刺し身にも焼き鳥にも合う」。近年は、芋の代わりに麦を使った焼酎や、麦と芋をブレンドした焼酎も登場。外洋に閉ざされた島の貴重な嗜好品として暮らしに欠かせないものになっていた。 ▽「東京に島?」低い知名度、伸びない消費 時代が下って物流事情が改善される中で、島でも多様な酒が出回るようになり、消費量は次第に減少傾向に。2000年代前半の平成の焼酎ブームでは、本土ではなかなか手に入らない「幻の酒」として一時話題になったが長くは続かず、伊豆諸島で最多の6軒の蔵元があった八丈島では、2軒が廃業に追い込まれた。 「島の外に売り出さないと先はない」。危機感を抱いた有志が中心となり、ばらばらだった焼酎の総称を東京島酒に統一し、本土の酒店にも積極的に売り込みをかけた。だが「東京に島なんてあるのか」と言われ、門前払いされることもしばしば。知名度の低さが課題だった。