全米OPジュニア日本人女子31年ぶりの快挙を果たした16歳。“妹気質”園部八奏が見せた急成長「何も考えないようにと、考えた」
テニスの全米オープンのジュニア女子シングルスで、16歳の園部八奏が四大大会で自身の記録を塗り替え、準優勝の快挙を成し遂げた。日本人選手が同種目で決勝に進出したのは、1993年大会で準優勝した吉田友佳以来となる。大会までの急成長を支えた環境や心・技・体の変化、上位シードの重圧のなかで日本人女子55年ぶりの快挙に迫ることができた背景を紐解く。 (文=内田暁、写真=AP/アフロ)
生粋の“妹気質”から年長者へ。自覚を促した「第7シード」の肩書
「わっかいなー」 園部八奏(わかな)の生年月日を知り、彼女のダブルスパートナーがそうつぶやいたのは、1年前のことである。その隣で、身長ではパートナーを上回る園部が、無邪気な笑みを顔いっぱいに広げていた。 8月末から9月にかけ、晩夏のニューヨークで開催されるテニスの四大大会“全米オープン”の、ジュニア部門。1年前の当時、園部は15歳で、ダブルスパートナーの木下晴結は17歳の誕生日を目前に控えた16歳。 当然ながら、どちらも、若いのである。 テニスにおける“ジュニア”の定義は、13歳から18歳。一般(14歳以上)のプロツアーと同様に、毎週世界のどこかで開催される国際大会を転戦し、ポイントを獲得しながらランキングを上げ、出場可能な大会のグレードを上げていく。“グランドスラムジュニア”は、そのピラミッドの最高峰。園部は昨年、15歳の誕生日の数日後に、全豪オープンでジュニアデビューを果たした。 園部は2008年1月17日生まれの、埼玉県出身。同期では頭一つ抜けた存在だが、その数年上の2005~2006年生まれには、早くから世界の舞台で活躍する選手が顔をそろえる。現在、一般のランキングで159位につける齋藤咲良(2006年10月3日生まれ)を筆頭に、同じく2006年生まれの小池愛菜、木下晴結、そのさらに一歳上の石井さやか(2005年8月31日生まれ)らが、昨年はジュニアランキングの上位を占めた。 園部が初めて全豪オープンジュニアに出た時は、上記の選手たちは既にグランドスラムジュニアの常連。それら先輩たちが活躍する傘の下で、最年少の園部は長い手足を伸び伸びと広げ、左腕を振り抜き持ちよさそうにボールを打っていた。その大きなスケール感は、身長175cmで強打自慢の石井さやかをして、「恐れ知らずで、数年前の自分を見ているよう」と目を細めさせたほど。園部本人も、石井の言葉を嬉しそうに聞きながら、一層、伸びやかにラケットを振っていた。 それら“先輩”たちが、今年9月の全米オープンジュニアでは、こぞって姿を消した。19歳になった石井は、プロとしてツアーを転戦中。齋藤や小池、木下らも一般の大会に軸足を移し、事実上ジュニアは卒業した。 「いつも一番年下で、みんなにくっついていた感じだったので、ちょっと寂しいですね……」 先輩たちがいた時を、園部は小さく笑って懐かしむ。実生活でも4歳上の兄がいて、兄の影響でテニスを始めたという生粋の“妹気質”。そんな彼女にとって、自分が一番の年長者というのは、目新しく、どこか落ち着きを欠く環境だったのだろう。 ただ、新たな立場と環境が、彼女に自覚や目的意識を植え付けもした。 今年の全米オープンジュニアでは、園部は第7シードの肩書を得る。これまで未踏だった、ベスト8が期待される立ち位置。その事実を受け入れた上で、園部は「勝ちにいく気持ちで来た」と宣言した。同時に試合に入れば、「一球ずつ質の高いボールを打つ」ことを常に心掛けたという。目線は遠く、足は地に。二つの視座と目的意識を両輪とし、園部は全米オープンのコートへと駆け込んだ。