住民に敬遠されていた養鶏所が集まって… モーニングからスイーツまで「たまご街道」が人気観光地かした軌跡
「戦争から戻って来た時には家は焼失し、何もなくなっていました。そんな中、体調を壊した祖父は親戚からもらった1羽の鶏が生む卵を食べて健康を回復。食料不足の当時、卵は貴重なたんぱく源でしたから、祖父は卵で日本を再興しようと養鶏場を始めました。そんな話を聞いて育った私としては1軒では残れない養鶏場を7軒まとまることでなんとか存続させたいと考えています」 ■「一定の目標達成→終わり」ではない 活動はたまご街道というのぼりをそれぞれの養鶏場が立てるというだけだが、効果は大きく、事業者がまとまったことで認知度は大きくアップした。最近では近隣の人はもちろん、市外の人の来訪も増え、「やめないでね」と言われることも。
行政からの支援も受けられるようになり、グルメ、旅行系のメディアなどにも取り上げられるようになった。一部の養鶏場からはせっかくまとまった強みを生かして卵の食べ比べのような、広く関心を持たれる事業ができないかという声もある。 一定の目的は達したわけだが、それで終わりではない。新しい住民は以前よりも地域を理解したうえで入ってくる人が増え、クレームは減少傾向にあるそうだが全体でみるとゼロになったわけではない。臭い、ハエなどの問題もなくなることはない。
そうした不安要因がある限り、養鶏場存続のためにたまご街道ののぼりは掲げ続けなくてはいけないのである。 地元の不安要因以外にも悩ましい問題がある。そのうちの1つが餌代の高騰だ。日本の養鶏業が必要とする飼料の95%はアメリカから輸入されており、このところの為替の変動で餌代は2倍に。それでも店頭価格が2倍までにはなっていないのは供給を安定させるために国が補助金を出しているからである。 「飼料を自前で確保できているアメリカでの卵の価格は、ニューヨークのスーパーの一般的なもので1ダース5ドル、オーガニックな品で8~9ドル。対して日本はと考えると補助金の効果がわかりますが、それが枯渇したらどうなるか。食料自給率という点からも疑問です。給料の低迷、物価高騰から卵の消費は落ちてもいます」と角田さん。