東京をアジアのコンテンツ市場の中心地にした男は、30代には商社で鉄を売っていた TIFFCOM・CEO椎名保
「モガディシュ 脱出までの14日間」や「密輸 1970」のような韓国大作映画でユニークなルックスをアピールし、いわゆる「scene-stealer(主役を食う脇役)」と呼ばれている女優のキム・ジェファは、筆者と学生時代を共にした親しい後輩である。当時から、公演に命をかけるほどプロ意識を持っていた。そんな彼女が韓国の観客に自分の存在感を刻印させた作品のひとつが、CJエンターテインメントが2012年に製作したブロックバスター「ハナ 奇跡の46日間」である。1991年に千葉市で開催された第41回世界卓球選手権を舞台にした同作で、彼女は主人公を脅かす中国の卓球魔女「トン・ヤリョン(架空の人物)」を演じ、最後まで中国女優だと錯覚させるほどの熱演を披露した。 【写真】第37回東京国際映画祭のレッドカーペットに登場した「外道の歌」の(左から)白石晃士監督、亀梨和也、窪塚洋介、南沙良、久保田哲史プロデューサー しかし、筆者としては当時破格の約8億円以上の製作費が投入されて話題になったこの作品を見れば見るほど、妙な既視感を覚えた。いや、正確には既視感のもととなった作品の方がむしろ国際的な感じで面白かった。そう。日韓サッカー・ワールドカップが開かれた年の夏に公開された「ピンポン」。14億円の興行収入を記録し、製作費との対比で見れば「ハナ 奇跡の46日間」が足元にも及ばぬほどの成果を上げている。この映画のエンドクレジットにある一人の男の、一連のフィルモグラフィーを追ってみよう。誰も予想できない多種多彩な作品のリストができる。
「ピンポン」「博士の愛した数式」……話題作に名を刻む椎名保
個性豊かな土屋アンナが芸者として出演し、江戸時代と現代を包み込む華麗な美意識で観客を魅了した「さくらん」、胸を刺すヒューマンドラマの「博士の愛した数式」、役所広司が最高の熱演を見せてくれた作品のひとつ「最後の忠臣蔵」、喜劇のペーソスという言葉の意味を実感させた「漫才ギャング」……。数多くの話題作のすべてに関わった人物こそ、アスミックㆍエース エンタテインメント会長、角川映画社長を務め、現在はTIFFCOM(東京国際映画祭と併催されるコンテンツマーケット)のCEO(最高経営責任者)となった椎名保である。 13年4月1日、彼の東京国際映画祭のディレクターㆍジェネラルの「就任のご挨拶(あいさつ)」の内容は、その日付を今日に変えても違和感がない。当時、テレビ番組製作会社の役員だった筆者には、とても気になった。「一体この人は誰だろう」。驚いたのは、彼が映画業界のたたき上げではなく、30代半ばまで日本有数の商社・住友商事で鉄を売っていたということ。