一冊の本を丁寧に読みこむ。心豊かになる、読書会小説(レビュー)
平均年齢八十五歳の読書サークルの物語。これが実に楽しい。 主人公は二十八歳の青年である。新人作家の安田は、ある出来事がきっかけでスランプ中。彼は叔母・美智留に頼まれて彼女が営んでいた小樽の古民家カフェを引き継ぐ。店では月一回、六人の高齢者が集まって読書会が開かれている。自由闊達な参加者たちによって安田もサークルに巻き込まれ、さらには二十周年企画の記念冊子の編纂を任される。 彼らが少しずつ読み進めている課題図書が、佐藤さとるの名作児童文学『だれも知らない小さな国』だ。幼い頃に川と崖に囲まれた平地で小さな人=コロボックルを見かけた少年が、大人になってからその場所を再訪し、彼らと交流を持つ話だ。 読書会では毎回、一人一人が少しずつ朗読しては感想を語り合う。コロボックルを「おみとりさん」(病院で助かる見込みのない患者に寄り添ってくれる人)と見立てたり、物語の背景に戦争があることから個々の戦時の体験の話に発展したりと、高齢者ならではの感想が興味深い。元アナウンサーで場の仕切りの上手い会長や、毎回のように息子の話を始めるまちゃえさん、副会長のシルバニア、陽気なマンマなど、メンバーがみな個性豊かで、にぎやかな会話だけで十分読ませる。ちなみに「シルバニア」や「マンマ」というのは、安田が心の中でつけた彼らの渾名である。 安田をスランプに陥れた謎めいた出来事や彼に訪れる新たな出会い、美智留の過去の秘密など、読書会以外にも興味を引く要素がたっぷり盛り込まれる。それらが絶妙に連なって、終盤には心揺さぶる展開が待っている。 小説を読んで何をどう感じるかは、よっぽどの誤読でないかぎり、自由なはずだ。一冊の本を丁寧に読みこんで、正解かどうかを気にせず気ままに語らう楽しさを再認識させてくれる内容。未読の人は、『だれも知らない小さな国』も読みたくなるはず。 [レビュアー]瀧井朝世(ライター) 1970年生まれ、東京都出身、慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経てライターに。WEB本の雑誌「作家の読書道」、文春オンライン「作家と90分」、『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。2017年10月現在は同コーナーのブレーンを務める。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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