プーチン大統領は苦渋の判断か ロシアと北朝鮮が新条約…“相互軍事援助”の闇
2)ロシアは領内攻撃に危機感 北朝鮮も国内外に“問題”
今回の条約が結ばれる前の6月17日、アメリカは、アメリカが供与した武器によるロシア領内への攻撃の範囲を拡大する旨の発表を行っていた。 サリバン安全保障担当大統領補佐官は、アメリカメディアに対し「国境の向こう側から攻撃を仕掛けてくるロシアに対して、ウクライナが反撃できるようにするのが理にかなっている」とした。これまで米国が容認していた、アメリカが供与した兵器によるロシア領内への攻撃の対象地域は、ハルキウ方面の国境付近に限っていたが、これを拡大し、ロシア軍が侵攻を試みているすべての場所を可能とする、としている。 今後攻撃の場所を限定しないとすると、射程80キロのHIMARSでは、ウクライナ北東部に面したロシア領内が攻撃可能となる。さらに今後、射程300キロのATACMSの、ロシア領内への使用が認められるようになると、攻撃可能となる地域には、ロシア軍の空軍基地も数多く存在する。 兵頭慎治氏(防衛省防衛研究所研究幹事)は、プーチン大統領には、こういったロシア領内への攻撃の拡大を懸念し、牽制したい狙いがあると分析する。 ATACMSの使用が認められれば、現在ウクライナ領内へ攻撃しているロシアの航空拠点を破壊されるリスクがあり、戦況がロシア側に不利に傾く可能性がある。さらに、ロシア領内への攻撃が強まり、ロシア国民にとって戦争がより身近なものとなれば、国内に厭戦機運が高まる可能性もある。クレムリンは、そのあたりをかなり警戒しているのではないか。 木内登英氏(野村総合研究所エグゼクティブエコノミスト)は、今回のロシア・北朝鮮間の条約締結について、双方の思惑には大きな温度差があると指摘した。 北朝鮮としては、ロシアの大きな後ろ盾を得て、日米韓の3ヵ国を牽制したいという思惑がある。一方のロシアは、アジア地域への関心はなく、ウクライナに武器の供与を続ける西側諸国、特にアメリカを強く牽制するという狙いがある。それぞれに、その先に見ているものが異なり、いわば同床異夢のような形の条約だ。 今回の条約について、金正恩総書記は、「両国関係は同盟関係という新たな高い段階に発展」そして「ウクライナでの特殊軍事作戦に関連して、ロシアに全面的な支持と連帯を再確認した」と語った。 牧野愛博氏(朝日新聞外交専門記者)は、北朝鮮の側が、より前のめりに既成事実化しようとしている背景には、北朝鮮が国内外で抱えている問題が背景にあるとした。 北朝鮮はいま内外で問題を抱えている。北朝鮮の外交は、従来、ロシアと中国の間を行ったり来たりしながら、最大の果実を得る形をとってきた。今年の10月に国交正常化75周年を迎える中国と、経済や安全保障について協力関係を築いていきたい局面だが、先日の中国高官訪朝時に進展がなかった焦りもあるだろう。 国内においては、1月15日の最高人民会議で金正恩総書記が「憲法を改正して韓国を『第1の敵国』と定め、自国民を教育すべきだ」と表明し、韓国との平和統一という目標を放棄したととれる発言が複雑に受け止められている。これまでは平和的統一を掲げて国をまとめてきたにもかかわらず、それを全部、消して、イチからやり直すということは、それだけ追い詰められているということだ。だからこそ、いま、国内外に対し権威を示す必要があり、今回のプーチン大統領の訪朝では、娘や夫人などは露出せず、金正恩総書記のみにスポットを当て、アピールするような演出をしたのではないか。