相反する感情の本質を作品に込めた、ルイーズ・ブルジョワという生き方
安易なフェミニズム思想に嫌悪感を抱く
ときには男根をモチーフにした過激にも思える立体作品を作り、またときには幼少期に母親から手ほどきを受けた裁縫を制作手法にした(本展の印象的な副題「地獄から帰ってきたところ言っとくけど、素晴らしかったわ」は、ハンカチに言葉を刺繍した作品からの引用だという)。ブルジョワは、自身の心奥と向き合い、男性と女性、感情と理性、愛情と憎しみといった二律背反ともいえる問題をテーマにしながら、もっともふさわしい媒体や手法を選んで制作した先駆的な表現者だったのだ。 ブルジョワが美術館クラスの個展を初めて開催したのは1982年。モダンアートの殿堂と称されるニューヨーク近代美術館(MoMA)で展覧会を実現した初の女性彫刻家となった彼女は、この時すでに71歳だった。公の評価からすれば遅咲きということになるが、男性優位の美術界で女性が冷遇され続けた結果でもある。ここで興味深いのは、そんな環境に対する憤りを露わにしながらも、当時の「リアリティのない安易な」フェミニズム思想を嫌っていたことだ。そんな毅然とした人柄は、天野が初めてブルジョワと対面したときの逸話からもうかがい知ることができる。 「個展の開催を頼むためにニューヨークの自宅を訪ねたんですが、まともに自己紹介をする間もなく、テレビの前に連れて行かれたんです。イギリスのテレビ局BBCが彼女を取材した番組の粗編集が届いているから、それを観て感想を述べろと言われました。そこで僕は、『母親であり、女であり、アーティストでもあるが、どのようにバランスを取っているのかとインタビュアーがあなたに尋ねているけど、この質問はまるでバランスを取ることを前TARO AMANO/東京オペラシティアートギャラリーチーフ・キュレーター。1955年生まれ。横浜美術館でのルイーズ・ブルジョワの国内初個展や森村泰昌展等を手掛けたほか、札幌国際芸術祭・統括ディレクター等を歴任し、2022年より現職。提としたものなのでダメだと思う』と答えたんです。すると、彼女は『わかった』とだけ言って、いきなり冷蔵庫からビールを出してきて、勧めてくれました。これが僕に対する試験だったんですね」 「いきなり本質に迫ろうとする」人であり、また「24時間、ずっと作品のことが頭にあるタイプ」のアーティストだったブルジョワだが、一方で「過去より現在の自分のほうが進化しているなんてことは、絶対に言わなかった。幼かった時の自分も一人の人間であり、ときにはそこに戻ることもある」、そんなふうに自身や人間を捉えていたのではないかという天野。最後に次のように語ってくれた。 「すべての結果には原因があるとか、人はみな進歩していかなくてはいけないという従来の考え方が、見直されてきている今、今回のルイーズ・ブルジョワの展覧会を見て、共感する人は多いのではないかと思うんです」