相反する感情の本質を作品に込めた、ルイーズ・ブルジョワという生き方
20世紀でもっとも重要なアーティストの1人に数えられ、唯一無二の存在感を示し続けたルイーズ・ブルジョワ。六本木ヒルズの屋外に常設されている蜘蛛の巨大彫刻《ママン》の作者だと聞けば、わかる人も多いのではないだろうか。森美術館で現在開催中（～2025年1月19日）の展覧会『ルイーズ・ブルジョワ展：地獄から帰ってきたところ言っとくけど、素晴らしかったわ』は、2010年の他界（享年98）後としては国内初となる大規模個展だ。出展作は100点を数え、70 年間におよぶキャリアの全貌に触れるまたとない機会となっている。作品媒体は彫刻や絵画、ドローイングやインスタレーションと多岐にわたり、創作の源は複雑な環境で育った幼少期の経験にあると言われる。 【写真を見る】感情と理性、愛情と憎しみなどの二律背反をテーマに挑み続けた20世紀を代表するアーティスト、ルイーズ・ブルジョワの大規模個展が六本木の森美術館で開催中だ。キュレーターの天野太郎の解説とともに、彼女の複雑かつパワフルな思想を探る。
1997年開催の日本における初個展（横浜美術館）を担当したキュレーターの天野太郎が、まだ国内でほとんど知られていなかったこの作家に注目した理由も、まさに自伝的な特質だったという。ブルジョワは1911年、パリの裕福な家庭に生まれるが、癇癪持ちの父親は愛人を家庭教師にして同じ家に住まわせ、家業であるタペストリー工場を切り盛りしていた母親は、ひたすら耐え忍んでいた。 「父親の振る舞いが理屈としてまったく理解できないし、当然激しい怒りを感じますよね。母親は文句も言わずに、子どもたちの衣服を縫ってくれたりと、愛情を注いでくれた。ブルジョワは作家人生を通してそんな自身のトラウマを作品の核にし続けたんです」 蜘蛛をモチーフにした彫刻作品は、そういった意味で象徴的な例と言える。「葛藤や問題意識を直接的に表現するのではなく、日本的に言えば“見立て”の手法をとっている。巣を作る蜘蛛は明らかに母親のメタファーですが、昆虫を捕食する生き物でもある。そこに、両義性が込められていると思うんです」 そして、さまざまな手法で表現に挑み続けた姿勢も、重要なポイントだという。「初期の頃は平面で作品をつくっていたのに、それをあっさりとやめて立体作品に移っていくんです。今でこそ媒体にとらわれない作家は珍しくなくなりましたが、画家は絵画だけ、彫刻家は彫刻作品だけを制作するのが当たり前だった時代に、彼女はジャンルを横断することについて躊躇しなかった」
