IoTとビジネスの可能性を考える ITビジネスアナリスト・大元隆志
言葉の誕生 1999年 モノの追跡
IoTという言葉を初めて用いたのは、1999年当時P&Gに所属していたケヴィン・アシュトン氏だとされています。同氏の概念は、RFIDと呼ばれる識別タグを「モノ」に付与し、移動経路等を追跡するという概念でした。 この概念を研究するための研究機関「Auto-IDセンター」が米国ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)に設立されケヴィン・アシュトン氏はAuto-IDセンターの共同創設者となりました。 しかし、Auto-IDセンターのスポンサーを見てみると、米国小売業最大手のウォルマート・ストアーズ、英国テスコなどの小売業、P&G、コカ・コーラといったサプライチェーン色の強い組織でした。かつ、1999年と言えば、ソフトバンクはまだ通信事業を行っておらず、2ちゃんねるが開設された年。「インターネットって何?」という人も少なくない時代であり、この当時の「IoT」という言葉と概念は、サプライチェーン業界の中に留まり、筆者が知る限り広く世間に広がることはありませんでした。
概念のルーツ
現在のIoTを理解するには、1989年にゼロックス社のパロアルト研究所が提唱した「ユビキタスコンピューティング」の概念が妥当です。 ユビキタスの語源はラテン語で「至るところに存在する」です。ユビキタスコンピューティングとは、社会や生活の至る所にコンピュータが存在しており、生活者がコンピュータの使用を意識することなく、いつでもどこでも情報にアクセス出来る環境のことを言います。 1989年に考えられた概念が、技術の進化、「IoT」によって、ようやく実現しようとしています。
第1期「IoT」 モノの数がヒトを上回る時
1999年以降、「IoT」という言葉が広まることはありませんでしたが、インターネットを利用する人々は増加し、通信機能を持つ機器が増加する傾向に変化はありませんでした。機械と機械が通信をする「M2M」、センサー同士が通信する「センサーネットワーク」など、様々な市場が確立されて行きました。ヒトもモノも通信を利用するのは「当たり前」という状況が生まれたのです。 スマートフォンが急増し始めた、2010年前後から、通信業界で大きな影響力を持つシスコ・システムズ社や、エリクソン社が再び「IoT」という表現を用いるようになりました。 シスコ社は5.32年ごとにインターネットは2倍の規模に成長するという「インターネット版」ムーアの法則を用いて、IoTを同社調査レポートIBSGにてこのように定義しています。「IoTとは、人口よりも多くの「モノまたは物体」がインターネットに接続されているある時点を指す」と。更にIBSGによれば「IoTが誕生した瞬間は、2008年~2009年」であるとしています。 シスコ社やエリクソン社は2020年には、インターネットに接続されるデバイスの数は500億デバイスとなり、人間一人につき10台のデバイスやセンサーに囲まれた世界が誕生すると予測しています。 あらゆる所に、通信機能を持った機器が存在し、いつでもどこでもインターネットが利用可能で、センサーやロボットまでもインターネットに接続されている「ユビキタス・コンピューティング」が実現しようとしています。 第1期の「IoT」とは「モノの数がヒトを上回る時」であり、これは既に成立しています。この事実を理解することは重要です。この第1期のインターネットの急拡大によって、通信インフラが整い、機器の製造コストが安くなり、より小型な機器を製造出来るようになり、これらの機器から膨大な情報を入手する下地が整ったからです。 この第1期のヒトのインターネットの成功例としては、インターネットを何時でもどこでも利用可能にすることで、PCからスマートフォンへの流れを作り出した、アップル社が挙げられます。 モノのインターネットの成功例として象徴的な物を挙げるならば、ヒトのインターネットがそうであったように、モノのインターネットもまた「接続性」を提供することが最初のビジネスとなります。モノのインターネットの世界でISPのような役割を果たすM2Mプラットフォーム、ジャスパー・ワイヤレスが挙げられます。大量に接続される機器の管理等を行います。通信事業者ではないアマゾンが短期間にキンドル市場を立ち上げることが出来たのも、ジャスパー・ワイヤレスのプラットフォームが利用されていたからです。 モノとモノが通信をする時には「API」が利用されるのが一般的ですが、このAPIを管理したりセキュリティを向上させるプラットフォームが「Apigee」です。ApigeeはIPOのための銀行を選択中と噂されており、7億ドル以上の資金を調達すると予想されています。 ウェアラブルデバイスやコネクテッドデバイスと呼ばれる「新たなモノ」も話題を集めるようになりました。既にこういった「新たなモノ」用のアドネットワークも生まれています。 「モノの数がヒトを上回る時」という「IoT」の事象を捉えていた人にとっては、市場は既に形成されていたのです。