麒麟・田村さんの気付き「あの日、そのことに気付いていなければ、もっと格差がついていたことでしょう」
※画像はイメージです 現在、二女一男の父でもある、お笑いコンビ・麒麟の田村裕さんによる、ポジティブでストレスが溜まらない「子育て」「夫婦仲」「人間関係」の正解。 壮絶だった生い立ち、『ホームレス中学生』の大ベストセラー、いつの間にか逆転していた相方との格差…様々な経験があったからこそ得られていった人生観。 田村さんが提案する、夫婦生活を続け、育児を楽しみ、毎日を笑って生きていく秘訣とは? 【漫画】「子どもの間にある格差」とその後の人生を描いた話題作『望まれて生まれてきたあなたへ』 ■芸人の僕にとって本当に大きな気付きでした 芸人は、表立っては言わないですが、暗黙の了解で空気の読み合いをしています。 トークコーナーや大喜利コーナーなど、全体のバランスを見てこのメンバーだったらこの人はこの順番だなとか、自分で判断したりMCが判断したりして、みんなその順番と自分のキャラに合ったところで全力投球します。 僕はツッコミです。役割としては空気を壊さず、みんなが話しやすい空気を作るのが理想だと思います。でも若い頃の僕は、人と発想が被るのが嫌で、オリジナリティを追求していました。他では聞いたことがないような発想をしているなぁと言われたかった。 だから人の真似をせず、みんなが言いそうなことは言わず、自分の世界観丸出しで突拍子も無いことを喋ったりして、誰にも伝わらず、何を言うてるの?という空気に何度も遭遇しました。 笑いを取るテクニックも全く無いので、スベり出したらとことんまでスベッてきました。もちろんスベるのは嫌で、何度も反省し改善しようと心に誓うも、舞台に立ったら無意識に自分のやりたい方に流れてしまう……。 どこかで誰かが言ってそうなことを言ってでも空気を優先したいのに、無意識に暴走してしまうということを、何度も何度も繰り返していました。 その頃の僕は、誰かと服が被るのも嫌で、空き時間があれば古着屋を巡って誰とも被らない服を買っていました。一応、その当時の若手のオシャレランキングで1位に輝いたこともありました。 ある日のロケ現場で、相方もスタッフさんも取材先の方もみんなジーパンを穿いていたのに、自分だけが古着の綿パンを穿いていて、最初は俺は誰とも被らない服を着ていて個性的だぜ、なんて鼻歌モンでした。 バカは安直に機嫌が良くなります。 でも、その時にハッと脳みそに電流が走りました。 あれ? 人と発言が被りたくない気持ちが、服装にまんま表れてるやん。まんま繫がってるやん、と。服装も発言も人と被りたくないから、無意識に個性を出そうとしてしまっている。自分の中に根付き過ぎているから直そうにも直せない。上書きする必要があるけど無意識が勝って出来ない。 これが繫がっているということは、服装を変えたら自然と発言も変えることが出来るのでは?と思い、それからは敢えてジーパンを穿き、敢えて流行っているものを着て、みんなに合わせていくことにしました。 世の中で帽子を横に被るのが流行れば横に被り、ベルトを垂らすのが流行れば垂らし、チビTが流行ればどんなに乳首が浮き出ようともチビTを着ました。 そうしたら、何ということでしょう。 今まであれだけ直そう直そうと、後悔して反省して涙を流しても変わらなかった個性的なことを言いたい衝動が薄れていき、人と被ってでも自分の順番や役割に見合ったことを言うことが、自然と前より出来るようになりました。もちろん、それが出来ても実力不足でスベることはよくありましたが、それでも突拍子も無いことを言うことは格段に減りました。 恐らく、この空気を読もうとする能力は、芸人はみんな自然に持っていて、売れている人達は、かなりハイレベルでやり合っているはずです。 僕は元々持っていなかったのでレベルは低いかも知れませんが、それでもそれに気付き、変化したことで、今もこの世界で何とかやれているのだと思います。とても大きな気付きでした。 発言や行動は基本、根付きなのです。 そして日常生活の習慣や行動に必ず連動しているのです。 変えたいものを直接変える努力はなかなか実りません。 やってしまった後に、何度も同じ反省を繰り返してしまいます。 しかし、繫がっている部分を見つけ出し、自然と自分に馴染ませていくこのやり方であれば、最短で自分の中に根付かせていくことが出来るのです。 あの日、そのことに気付いていなければ、僕は今よりももっと仕事がなく、もっと格差がついていたことでしょう。これ以上の格差はつきようがないだろう、とかは言わないようにお願いします。田村は繊細な生き物です。よろしくお願いします。 【著者プロフィール】 田村 裕(たむら ひろし) 1979年9月3日生まれ、 大阪府吹田市出身。NSC大阪校20期生。99年に川島明とお笑いコンビ・麒麟を結成。2001年には第1回M-1グランプリで無名ながら第5位の成績を収める。07年に自伝的小説『ホームレス中学生』を発売しミリオンセラーに。ドラマ化、映画化もされ社会現象となった。バラエティ番組などに出演するほか、バスケ芸人としても活躍中。11年に結婚し、3児の父となる。 ※本記事は田村裕著の書籍『ホームレスパパ、格差を乗り越える 何も変わらなかったから考え方を変えた』から一部抜粋・編集しました。 著=田村裕/『ホームレスパパ、格差を乗り越える 何も変わらなかったから考え方を変えた』