インドとパキスタンに「州」設立 ISは紛争地に必ず現れる
紛争が終わると次の戦いの場を求める武装兵ら
カシミール領有をめぐる対立の背景には、解決困難で複雑な事情があります。逆の方向から見れば、ISのような過激派は、治安が混乱している紛争地帯には侵入しやすいし、活用できるテロのインフラも十分に備わっているということがいえます。 カシミール地方に住む市民の75%以上はイスラム教徒といわれますが、インドとパキスタンが英国から分離独立した当時のカシミールの藩王はヒンズー教徒だったため、インドに帰属することを決めたのです。しかし、すぐに衝突が起こり、第1次印パ戦争に突入。その後もパキスタンはカシミールを領土とするために三軍統合情報機関(ISI:Inter‐Services Intelligence)を暗躍させ、「ラシュカレ・トイバ」(LeT)などのテロ組織を育て、支援して立ち上げてインド側を攻撃しているといわれています。 どこかで戦闘が終わった紛争地があると、戦いの目標を失った武装勢力が戦いの場を求めてカシミールのような紛争地帯に移動してくるというケースが多々見られます。過去の例を挙げれば、1989年にアフガニスタンからソ連軍が撤退した後、戦闘という職を失ってしまったイスラム義勇兵(ムジャヒディン)の一部は戦場を求めてアルジェリアやボスニアに向かいました。彼らにとっては戦いこそが生き甲斐であり、生活の手段なのです。 そう考えると、シリア・イラクで仕事がなくなった現在のIS戦士たちが瀕している状況は、1990年代初頭のアルカイダを中心とした過激派が直面していた状況とよく似ています。したがって、ISの帰還兵士や外国人戦士たちは、自分たちの活躍の場と「カリフ国」の復活を果たすべく、都合のいい紛争地を求めて侵入を続けていくと思われます。
急速に勢力拡大するアフガニスタンのIS州
アフガニスタン駐留米軍筋の発表によれば、2015年1月にISが設立を宣言した「アフガニスタン・ホラサン」は、アフガニスタン政府軍や地元タリバンとの戦闘に勝利し、首都カブール、東部のナンガルハル州、クナール州ほか、同国北東部の各州でも占領地域を拡大し、勢力を急速に伸張させているといわれています。兵員数はアフガニスタン駐留米軍とも互角に戦える5000人に達し、昨年発表されたIS兵力の規模と比べると1年間で5倍にも増えているのです。シリア・イラクの本拠地部隊が壊滅したことを考えると、ISの海外進出がこれほどまでに急展開しているのも理解できますが、それにしても、IS兵士たちの戦闘能力の高さには驚かされます。 ISは、今年5月にパキスタンにホラサンを創設したと公表しましたが、実際は、2015年1月にアフガニスタン・ホラサンが設立された時点でアフガニスタンとパキスタンはセットで拠点建設が進められていました。 当時の状況を思い起こすと、アフガニスタンへの進出を狙うISは、パキスタンで最も過激なテロ組織といわれていた「パキスタン・タリバン運動」(TTP)の元リーダーのハフィズ・サイード・カーンに接近し、アフガニスタン、パキスタンへの進出計画を支援してもらうために、同人をワリ(IS州の知事)に任命しました。同時にカーンは、12人で構成する「シューラ」(ISの州の最高評議会)の責任者にも就任しました。このシューラの責任者という地位は、地元の各過激派組織に一定の影響力を行使し得る重要なポストです。すなわち、ISにとっては地元組織からの支援を受けることができ、さらには組織拡大のためのリクルート活動にも大きなサポートが得られるということなのです。もちろんISはその対価として地元の各組織に資金を与えていました。 いま、ISがアフガニスタンで急速に勢力を拡大しているのは、2015年以来の作戦が奏功しているからでしょう。 ところが、ISの本当の狙いは、過激派に最も安全な潜伏場所を提供できるパキスタンの連邦直轄部族地域(FATA)や北西部(カイバル・パクトゥンクワ州)への進出だと考えられます。これらの地域は昔からテロリストの聖域といわれ、パキスタン政府や欧米諸国の治安政策が及ばない地域です。アルカイダ幹部の多くも、米国を中心とする欧米政府機関の追及の手を逃れて同地域に潜伏していたといわれています。 しかし、地元の過激派組織のすべてがISを快く迎えているわけではありません。パキスタンには過激派組織の数が多過ぎて、新参者のテロ組織に既得権益を分け与えることはできません。特に、アフガニスタンのタリバンと争い、同国で占領地を拡大しているISのホラサンに対し、タリバンと共闘関係にあるTTPや同じスンニ派過激組織の「ラシュカレ・タイバ」(LeT)、「アフレ・スンナト・ワル・ジャマート」などは敵意を抱いているといわれます。一方で報道によると、LeTの元メンバーがかつてシリアに渡り、外国人戦士としてISとともにシリア内戦を戦ったという情報もあります。 ISはパキスタンでは、バルチスタンの州都クエッタでのテロの犯行声明に併せ、同州でのホラサン設立を発表しています。バルチスタン州といえば、アフガニスタンを追われたタリバンが拠点にしているところで、9.11米同時多発テロを立案したといわれるハリド・シェイク・モハメドの出身地でもあり、砂漠ばかりの極めて貧しい州です。そんな環境のためか、同州にはバルーチ族による「バルチスタン解放軍」(BLA)という反政府武装組織が活動しています。イランやアフガニスタンとも国境を接しているため、両国から越境してくる武装組織も少なくありません。中央政府が見捨てた州と言われるだけに治安は不安定で、ISが新しい拠点を築こうとして狙いを定めるのも当然のことでしょう。