インドとパキスタンに「州」設立 ISは紛争地に必ず現れる
過激派組織「イスラム国」(IS)が先月、インドに「ヒンド州」、パキスタンに「パキスタン州」の設立を宣言しました。シリア・イラクでは重要な活動拠点を失ったISですが、ここのところ南アジアでの勢力拡大に向けた動きが目立ちます。元公安調査庁東北公安調査局長で日本大学危機管理学部教授の安部川元伸氏に、その背景について解説してもらいました。 【写真】アジアで新たな拠点構築進める「イスラム国」
シリアとイラクでの勢力は大幅に失ったが……
2018年末から今年3月までの間に、イラク、シリア、米国などの政治家や高級軍人たちは幾度ISに対する勝利宣言を発表したことでしょう。しかし、ISはそのたびに反撃に転じ、簡単には既成政権やキリスト教陣営である“十字軍”の軍門に屈することはないとばかり、残された最後の力を振り絞るかのように抵抗戦を挑んできました。確かに、シリア・イラクではISの戦闘能力は大幅に低下し、オスマン帝国の崩壊以来、約1世紀後にアブ・バクル・アル・バグダディが建国宣言(2014年6月)した「カリフ国」も事実上その機能を失ってしまいました。 しかし、ISは、死亡説が流れていた最高責任者バグダディがほぼ5年振りにビデオに姿を現し、自己の健在ぶりをアピールすると同時に、4月21日のスリランカでのイースター礼拝への自爆攻撃を、配下の戦士が実行した殉教行為として称賛しました。こうした状況下にあって、ISは今年5月10日にはインドに、同15日にはパキスタンに、それぞれ「イスラム国」の「州」(ホラサン)を新たに立ち上げたと発表しました。 これは、ISがイラクで「カリフ国」の建国宣言を行った翌年の2015年あたりから既に進めていた海外展開・海外拠点づくりの作業が、再び本格化したことを示す事実として注目されています。
カシミール問題を抱えるインドとパキスタン
イスラム過激派は、常に組織の拡大と強化を企図し、自組織の暴力行為を“十字軍”、不信心者・背信者へのジハード、粛清と称し、実力を誇示しつつ、自組織の正統性を喧伝してきました。これはどの組織にも共通して見られる習性であり、特に世界史において、イスラムは「右手に剣、左手にコーラン」を携えて周辺国を征服してきたという歴史があります。この現代版を実行しているのがISほかのイスラム過激派といっても差し支えないでしょう。 ISがフィリピン、スリランカなどに続きパキスタン、インドに拠点を築こうとしているのは、両国が互いにカシミールの帰属問題を抱え、英国からの同時独立を果たした1947年以降、カシミール問題が両国間の最大の懸案事項となっているからです。 両国はこれまでに3度の戦争を戦い、第1次印パ戦争(1947~1949年)で暫定的に合意した停戦ライン(LOC:Line of Control)を挟んで両軍が対峙しています。「インド国会襲撃テロ」(2001年12月)やムンバイ同時多発テロ(2008年11月)などのテロ事件が発生するたびにLOC付近の緊張が高まり、第4次印パ戦争の危機が懸念されてきました。幸い、国際社会の説得もあり、核保有国同士の本格的な戦争だけは避けられましたが、今後もこの懸念が消え去ることはありません。