月商たった9万円、豆腐と納豆だけの食事…3度の倒産の危機を乗り越えた「性格が正反対な夫婦」の起業物語
■事業黒字化で業容拡大へ ハモンズの黒字化を受けて、瀬川と宮本は業容の拡大に乗り出すことにした。同じくECでベビー服を扱うことにしたのである。理由は、2人に長女が生まれたことにある。 「子どもを抱えてベビー服を買いに行くのって、大変ですよね。しかも、せっかくかわいい服が見つかっても、サイズがなかったらまた買いに行かなくてはなりません。でも、このサイトに来れば必ずかわいいベビー服が見つかって、サイズ切れもなく、自宅に配送してくれるとなれば、今度は新婚家庭じゃなくて、赤ちゃんが生まれた家庭を笑顔にできるじゃありませんか」(瀬川) 発想の根っこにあるのはやはり「笑顔」である。 店名を「べびちゅ」に決めると、ECサイトを一気に立ち上げた。仕入れを担当したのは、宮本である。 ■乳児を背負って全国の展示会を回るも、2度目の資金ショートの恐怖 「長女をおんぶ紐で背負いながら、仕入れのために全国の展示会を回りました。ベビー服の展示会だけあって、子連れには優しい面もありましたけれど、トイレの中で授乳したこともありましたよ」(宮本) 瀬川は仕入れ先との条件交渉や業務改善を担当することになった。食器と違って、かわいいベビー服を仕入れるのは、瀬川には難しかったのだ。 スタートは、またしても地獄だった。 瀬川はデスクに座ってサイトとにらめっこをしながら、来店者数のあまりの少なさに愕然とする日々を送った。 「言ってみれば、砂漠に自動販売機を一台置いているような感じでした。そんな店、どこにあんの? みたいな感じです。あっ1人来店したと思ったら、自分だったりして」 売るためには、当然ながら、先に仕入れをしなければならない。宣伝を打つことの効果はわかっていても、やはり大きなお金を広告宣伝にかけるのは難しかった。またしても、お金がなくなっていく恐怖が2人に襲い掛かってきた。 「まったく売れずに、仕入れの代金だけが出ていく状態でした」(瀬川) この危機を救ったのは、なんと宮本が始めたフェイスブックだった。展示会場を走り回る合間を縫って、FBにべびちゅの商品の写真を投稿し続けたのだ。 「朝、昼、晩の3回、ベビー服の写真を撮って投稿しました。トルソーに着せたり、時には長女に商品を着せた動画を投稿したりもしました。そうしたらファンがついてくれて、あれよあれよという間に1万人になり、1万人が2万人になり、最終的に12万人のファンがついてくれたんです」(宮本) これは、お金をかけない広告そのものだった。 ファンの増加に比例して、べびちゅの売り上げはぐんぐん伸びていった。FBからECサイトへの導線が確立されたのだ。 「瀬川には分からんと思いますけど(笑)、扱っている商品が本当にかわいかったんです」 宮本の、バイヤーとしての才能が開花した。