月商たった9万円、豆腐と納豆だけの食事…3度の倒産の危機を乗り越えた「性格が正反対な夫婦」の起業物語
■「迷惑です」と言われないと嫌がっていることに気づかない前向きさ この風船事件からしばらく経って瀬川と宮本は婚約し、揃ってシナジーマーケティングを退社することになった。 瀬川は宮本の母親に結婚の許しをもらいにいき、こんな口上を述べたという。 「お嬢さんをください。因みに、会社は辞めます」 件のコテコテの大阪人だった宮本の父親は残念なことにすでに亡くなっていたが、もしも存命中だったら、「会社は辞めます」という瀬川の言葉を聞いて、ちゃぶ台をひっくり返したかもしれない。 宮本はいったい、瀬川のどこに惹かれたのだろう。 「瀬川は、いつも自信がなくて委縮して生きてきた自分と正反対の人です。いつも根拠のない自信にあふれていて、全てにおいて前向き。私が本当に嫌だと思うことを嫌だと言っても、『そんなん言っても、ほんまは嫌じゃないやろー』って、自分が相手に勧めることは、絶対相手にとっていいことだって信じて疑わない。だから、本当に嫌な時は『迷惑です』まで言わないと、伝わらないんです(笑)。そういう自分にはないストレートな前向きさがうらやましいし、正反対の性格だから、かえってバランスがとれるのかなと思ったんです」 ■起業することだけを決めて2人とも退社 自営業を営んでいた宮本の母親は、2人が会社をやめて独立することには反対を唱えなかった。そして、瀬川と宮本は無謀にも、起業することだけを決めて会社を辞めてしまった。 シナジーマーケティングのオフィスがある大阪の堂島近くに瀬川が借りていた家賃15万円の賃貸マンションで会社設立の準備を始めたが、2人とも「これをやろう」という具体的な事業プランをまったく持っていなかった。 あったのは、「人を笑顔にする仕事をしたい」という瀬川の初期衝動だけだった。
■「これはいけるんちゃうか」 瀬川と宮本がECサイト「ハモンズ」を立ち上げたのは、2012年5月のことである。 ハモンズという社名は「波紋」から取った。「笑顔が波紋のように広がるように」という瀬川の願いが込められていた。 ハモンズは結婚祝いの日常食器を販売するサイトである。なぜ、このジャンルを選んだかといえば、瀬川と宮本が結婚した際、お祝いにもらった食器にヒントがあったという。 瀬川が言う。 「友人や同僚から結婚祝いに食器類をもらったんですが、中身はすごくいいのに包装がいまいちなものが多かったんです。なかにはボロボロの箱に入っているものさえありました。それを見て、もらった瞬間に『わー嬉しい!』って気持ちになれる結婚祝いを作ったらいけるんちゃうかって考えたんです」 安易と言えば安易な思い付きである。宮本はどう思ったのだろう。 「ウェッジウッドみたいなブランド物の食器をいただいても、もったいなくてなかなか使えませんよね。だから、日常的に使える食器でいい感じの包装にすれば、新婚の人は喜ぶんじゃないかと……」 やっぱり、安易と言えば安易な思い付きのような気がする。 とにもかくにも、商材を仕入れないことには商売を始められない。瀬川は多治見などの食器の産地を駆けずり回って食器を仕入れた。仕入れの資金は、資本金という名の2人の預貯金である。 ■月商たったの9万円で、納豆と豆腐を食べる日々 ハモンズの商品は、売れなかった。 サイト開設当初は、月次の売り上げが9万円ほどしかなく、到底、月15万円の家賃を払い続けることはできなかった。見るに見かねた宮本の母親が、自宅の2階を事務所として貸してくれることになった。 2万円ほど家賃を入れたものの、瀬川の立場はほとんど居候である。 「お母さんがテレビを見てはる前を、すんませーんお風呂いただきますなんて言いながら、腰をかがめて通ったりしてましたね(笑)」 食事は、納豆と豆腐ばかり。しかし、そこまで切り詰めても生活は厳しく、売り上げは一向に伸びず、設立から1年も経っていない2012年12月に会社の預金残高が200万円になってしまった。 「どんどんお金が減っていく恐怖を、生まれて初めて味わいました。注文が来ないから何もやることはないのに、デスクにしがみついていないと不安で不安で仕方がないんです」(瀬川) 宣伝を打たないからサイトに客を誘導することができない。それが、ジリ貧の原因だったが、資金が減り続ける状況下では、大金をかけて宣伝を打つ勇気を持てない。 「もう、苦しくて苦しくて、どこかからお金を借りようと決心しました」