月商たった9万円、豆腐と納豆だけの食事…3度の倒産の危機を乗り越えた「性格が正反対な夫婦」の起業物語
■ITの仕事がしんどくなってきた このシナジーマーケティングは、瀬川の5社目の転職先だった。 瀬川は相変わらずの営業力で、入社してすぐに過去最高の売り上げを叩き出し、33歳という若さである部署の部門長に抜擢されている。転職を重ねるごとに着実にステップアップを重ねていく順風満帆の人生のように見えるが、瀬川には自分の仕事についてある疑念があったという。 「20代の始めの頃は、給料をたくさんもらえることが単純に嬉しかったんです。特に最初に入った外資なんて1億円売り上げると100万円のインセンティブをもらえましたからね。ボーナスが出た日なんて、10時ぐらいになるとフロアに誰もいなくなってしまう。先輩社員たちはみんなロレックスなんかを買いに行っちゃうわけです。でも、そういう生活が楽しかったのは20代の半ばまでで、26、7歳からITの仕事が明確にしんどくなってきました。営業先の情報システム部門の人たちは、忙しすぎてみんなしんどそうな顔をしているのです。このしんどい顔をした人たちと商談して、営業成績を上げて、いったい誰が喜んでんのやろって、モヤモヤしたものをずっと感じながら何度も転職を繰り返していたのです」 ■「風船事件」勃発 そんなある日、瀬川が言うところの「風船事件」が起こったのである。 “事件”の顛末は他愛もないものだ。部門長だった瀬川が、若手の部下の誕生日にサプライズで風船を贈ったのである。ただし、ただの風船ではない。巨大な段ボール箱に入ったバルーンギフトである。 最初、デスクに届いた段ボールを開けていいのかどうか迷っていた若手社員を瀬川が促すと、段ボール箱の中からヘリウムの入った風船がにゅーっと顔を出した。あわてた若手社員は必死で風船を押さえようとしていたが、やがて4つの風船が天上を目指して浮かび上がった。 この光景を、同じフロアにいた宮本が目撃していた。 「IT企業のフロアって、いつもシーンとしているんです。会話はチャットでやるので話声も笑声もほとんど聞こえません。でも、この風船事件の時は、フロアにいた100人ぐらいの社員みんなが大笑いしたんです」 仕掛け人の瀬川はフロアの反応を見て、「よっしゃー!」とガッツポーズを取った。そして、この出来事をきっかけに、IT業界に対する瀬川のモヤモヤした感情が明確な像を結ぶようになっていったのである。 「100人全員を笑顔にした風船の威力は、すごいと思いました。同時に、自分の仕事は誰も笑顔にしていないことに気づいたんです。つまり、僕のやってきた仕事は、人を笑顔にするという点では、たった4つの風船に負けていたということなのです」 筆者は「人を笑顔にする」という紋切型の表現があまり好きではないが、瀬川がIT業界に感じていた「しんどさ」が深刻なものだったからこそ、しんとしたオフィスにわき起こった100人の笑い声が、ひときわ胸に響いたのだろうと想像する。瀬川はそれほどまでに、人が辛そうに仕事をしている姿を見るのが耐えがたかったのだろう。