『スロウトレイン』『片思い世界』 2025年、坂元裕二&野木亜紀子作品の密接な繋がり
『花束みたいな恋をした』が顕著だが、坂元にとって社会問題は登場人物を背後から照らす光のようなもので、社会問題に直面することで生まれる影のようなものを坂元は物語の中で記述しようとする。 対して野木にとって社会問題は、登場人物が立ち向かう壁のようなものだが、『逃げ恥』から一貫しているのは交渉によって良質な労働環境を勝ち取ろうという姿勢だ。 『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)の最終話に「イデオロギーではなく経済闘争を本分に戦うことができ、閉山まで一丸となって十分な退職金を確保することもできました」という台詞があるが、『逃げ恥』以降、野木が描き続けているのは条件闘争によって労働契約の見直しを図ることで、雇用主と労働者の理想の関係を模索していこうという姿勢で、そこには対話によって社会を変えられるかもしれないという淡い希望のようなものが透けて見える。 対して、坂元裕二も対話を繰り返し描くのだが、むしろ彼の作品では対話は失敗し、最終的に絶対にわかり合う合うことのできない不気味な他者が姿を表す。そのため、物語は苦い後味を残すのだが、この他者との断絶にこそ彼が求めるドラマの本質があるように感じる。 そんな坂元裕二の最新作となるのが、2月7日公開の劇場映画『ファーストキス 1ST KISS』だ。松たか子と松村北斗が夫婦役を演じるタイムスリップが絡んだSFテイストのラブストーリーだが、注目すべきは『ラストマイル』や『海に眠るダイヤモンド』で野木と組んでいる塚原あゆ子が監督だということ。 坂元と塚原が組むのは今回が初めてだが、スタイリッシュな映像と情緒のあるヒューマンドラマを得意とする塚原とラブストーリーを得意とする坂元の脚本が、どのようなシナジーが起きるのか楽しみだ。 また、4月4日には土井裕泰と組んだ映画『片思い世界』が公開される。広瀬すず、杉咲花、清原果耶のトリプル主演が話題の本作だが、予告映像を観た印象では『花束みたいな恋をした』とは全く異なるテイストで、本作もまた坂元裕二の新境地となるのではないかと期待している。
成馬零一