「地下鉄でつながらない」が示す楽天モバイルの新たな課題
先行投資で経営が非常に厳しい楽天モバイルだが、2024年は契約数が順調に伸び、資金繰りにも一定の目途をつけるなど、ポジティブな材料が増えている。 東京メトロでの通信品質の改善スケジュールは? ただ、ARPUの基準を変更するなど黒字化の達成には依然厳しい様子で、今後はユーザーの通信量増大が、“使い放題”を売りとする楽天モバイルを苦しめる可能性も出てきた。楽天モバイルの2024年を振り返ってみよう。 最悪期を脱した楽天モバイル 携帯電話事業に新規参入したものの、積極的な先行投資が響いて経営状況が非常に厳しいとされてきた楽天モバイル。だが2024年に入ると、状況にやや変化が見られるようになってきた。 その1つが割引施策と契約数の増加だ。従来、楽天モバイルはシンプルなワンプランであることを前面に打ち出してきたのだが、2024年にはその方針を大きく転換し、割引施策を積極的に導入したのである。 実際、同社の割引施策は2024年2月の「最強家族プログラム」を皮切りとして、3月には「最強青春プログラム」、5月には「最強こどもプログラム」、そして9月には「最強シニアプログラム」の導入を発表。短期間のうちに多くの割引施策を導入している。 これら割引によって同社の料金プラン「Rakuten最強プログラム」のシンプルさは失われたが、契約の伸びには大きく貢献したようだ。同社は2023年11月に、MVNOやBCP(事業継続計画)用の回線を含んだサービス契約数が600万回線を突破したことを明らかにしたが、2024年4月には700万回線、そして10月21日には800万回線を突破したとしている。 そこからMVNOとBCPを除いた契約数を確認すると、2023年12月28日時点で587万回線だったのが、2024年4月8日に650万回線、6月17日に700万回線、そして10月21日に759万回線となっており、とりわけ割引施策の提供以降は契約の伸びが大きいようだ。楽天モバイルの契約増は、楽天モバイルが自ら稼ぐ力を高めることにもつながってくるだけに、契約数の急速な伸びが経営的改善に向けた好材料となることは間違いない。 また、これまで楽天モバイル、ひいては楽天グループの大きな懸念材料となっていた資金調達の面でも大きな動きが見られ、2024年8月8日に楽天モバイルの通信設備を活用したリースによる資金調達を発表している。これによって楽天モバイルは、自らの運営資金を自らの資産で確保し、「楽天市場」「楽天カード」など他の事業の資金は楽天グループの有利子負債削減に充てられるようになった。 2024年11月には楽天グループとみずほフィナンシャルグループが業務提携し、楽天カードがみずほフィナンシャルグループからの出資を受けるなど、新たな資金調達の動きも見られた。そうしたさまざまな施策の結果として、楽天グループは2024年度第3新期決算で黒字化を達成。携帯電話事業に参入した2019年以来、5年ぶりの黒字化となり、あらゆる手段を尽くしグループ全体で経営改善を進めたことがわかる。 モバイル単体での黒字化は厳しい様相 ただそれでもなお、楽天モバイルの経営環境が依然厳しい状況にあることもまた確かだ。そのことを示したのが、やはり楽天グループが2024年度第3四半期決算で打ち出した、「モバイルエコシステム貢献額」である。 楽天モバイルはかねてより、モバイル事業を楽天グループの他のサービスを利用する割合が高め、楽天グループ全体のサービスを利用促進する存在と位置付けてきた。そこで同社は先の決算のタイミングで、楽天モバイルによるグループ成長貢献額を「モバイルエコシステム貢献額」として楽天モバイルの業績に反映させ始めた。 より具体的に言えば、楽天モバイル契約者が楽天グループのサービスを利用して売り上げを伸ばした額を、楽天モバイルのARPUに反映させたのである。これは従来「エコシステムARPUアップリフト」などと呼ばれ、通信のARPUとは別に扱われていたのだが、今回の措置によってそれがARPUへと正式に組み込まれたわけだ。 楽天グループは2023年度末の決算において、2024年内の単月黒字化に向けて契約回線数を800~1000万にまで拡大するとともに、当時2000円弱だったARPUを2500~3000円に引き上げる目標を打ち出していた。 このうち、とりわけARPUに関しては、短期間で500円から1000円近く引き上げるのは難しいのでは、という声が当時から多く挙がっていたのが、楽天モバイルは楽天グループの売り上げの一部を業績に反映させることでそれを達成したといえる。 このことは裏を返せば、楽天モバイルが通信サービスだけでARPUを大きく引き上げる施策を見つけ出せなかったことを示している。相次ぐ割引施策によって通信のARPUを伸ばすのは一層難しくなっていたと考えられるだけに、一連の施策は黒字化達成のための苦肉の策と見ることができよう。 増え続けるトラフィックにも苦しめられる可能性 今後、通信サービスだけでARPUを伸ばすには、ユーザーが利用するデータ通信量を増やせばよいのだが、それは楽天モバイルに新たな問題をもたらすことにもつながっている。 楽天モバイルのRakuten最強プランは、上限が3278円ながらデータ通信が使い放題という点が大きな特徴なだけに、ユーザーのデータ通信量も大きい傾向にある。実際同社の説明によると、2024年10月時点では平均データ通信量が31.1GBに達しているそうで、通信トラフィックの増加で通信品質が低下する可能性も出てきているのだ。 それだけに同社では、従来の主要周波数帯である4Gの1.7GHz帯に加え、大容量通信に強いとされる5Gの3.7GHz帯の活用を積極化。既に3.7GHz帯の基地局を1万7000以上設置したという。 それに加えて2024年に入り、衛星通信との干渉影響が緩和された。特に干渉影響が大きかった関東地方における3.7GHz帯のエリアは1月時点と比べ、2024年11月27日時点で2.1倍にまで拡大しているという。ただそれでも、つながりにくいとの声が挙がるエリアは出てきているようだ。 「地下鉄でつながらない」の声に対処 その代表例が地下鉄だ。楽天モバイルには4G向けとして1.7GHz帯を20MHz幅、東名阪以外はそれに加えてもう20MHz幅割り当てられているが、同社が地下鉄の駅と駅間のカバーに使用している基地局は設備を他社と共有している部分が多く、その帯域幅は5MHzとなっていた。 だが、昨今の通信量増大で5MHz幅では帯域幅が不足するようになり、データ通信が遅くなる、あるいはできなくなるケースが増加。「つながりにくい」という声が増えたことを受け、基地局の帯域幅を5MHzから20MHzに増やす大容量化が進められている最中なのだという。 東京メトロの場合2025年3月末までに40%、2026年3月末までには100%の基地局の帯域幅を拡大する予定とのことだ。全路線の改善に1年以上の時間がかかるのは、地下鉄内は狭いので多くの設備を他社と共用していることから、楽天モバイルだけで施策を打つのが難しいことが少なからず影響しているのだろう。 また都心部のビル間や狭い路地などに関しては、新たに割り当てられたプラチナバンドの700MHz帯を活用することで、空白区域をなくしていく方針のようだ。地道ながらも通信品質の維持向上に向けた対策が進められていることは間違いない。 ただそれでも、今後を考えると不安要素は多く存在している。1つは、競合と比べて保有する周波数帯の免許が少ないことだ。2024年に総務省が、新たなサブ6の周波数帯として4.9GHz帯の免許を割り当てる方針を打ち出したのだが、楽天モバイルが手を挙げなかったこともあり、唯一手を挙げたソフトバンクが割り当てを受けている。 また楽天モバイルは、5Gだけでなく4G向けの周波数割り当ても少ないことから、競合他社のように4Gから転用した周波数帯を活用して5Gのエリアを広げたり、容量を増やしたりする施策を取ることができない。2024年にはKDDIが、サブ6だけでなく4Gから転用した周波数帯も積極活用することで、英Opensignalの調査で高い評価を獲得している。4G周波数帯の不足も、今後楽天モバイルの通信品質に影響してくる可能性がある。 2026年9月に迫るauローミングの終了期限 そしてもう1つ、大きな問題となるのが2026年以降のネットワークに向けた方針がまだ見えていないことだ。楽天モバイルは2023年にKDDIとのローミング協定を見直し、地方だけでなく都市部のカバーにも一部KDDIのネットワークを活用する方針へと舵を切っているが、その期限は2026年9月までとなっている。 だが、楽天モバイルはローミングの契約が切れた後、KDDIとのローミング契約をさらに延長するのか、それとも未整備のエリアを自社で整備していくのか、方針をまだ明らかにしていない。前者の選択肢を取るにはKDDIの方針も大きく影響してくるだろうし、後者の選択肢を取ればローミング協定の延長で大幅に抑えた設備投資を再び増やす必要があり、黒字化が遠のいてしまいかねない。 しかし、間もなく2025年を迎え、ローミングの終了期限が間近に迫っていることは確かだ。今後のネットワーク整備に関する判断が、今後の楽天モバイルの経営を大きく左右することは間違いないだけに、2025年にその方針が明確に示されるのかどうかは大いに関心を呼ぶところではないだろうか。