漫画家・猿渡哲也の「烈侠伝」 第3回ゲスト・岩城滉一「『北の国から』の北海道ロケではすべてが吹き替えなしのガチンコだった」
■衝撃的だった牛の帝王切開手術 猿渡 もうひとつ、忘れられないのが、『北の国から』シリーズ(81年~2002年・フジテレビ)の北村草太役です。特に強烈だったのは、第21話でのボクシングシーン。僕は格闘漫画を描いているのですが、岩城さんの4回戦ボーイの試合は、雰囲気も含めて、変にうまくない感じがかえってめっちゃリアルで。 岩城 毎日、朝の5時頃まで撮影でね。風邪引いちゃって。しかも、ガッツ(石松・成田新吉役)さんと軽くスパーリングをやろうってなって、僕がいいパンチ入れたら、反射的にガッツさんがフックを戻してきて。元世界王者でしょ、さすがにね(笑)。 で、僕は倒れたときに、ちょっと変な感じで手をついちゃったもんだから、手首を折ってしまって。だから、本番ではギプスをはめたままグローブをつけて臨みました。 猿渡 そんな状態で戦ったんですか。いや、最初はガードをしっかりしてるけど、だんだん下がってくるところとかもすごくリアリティがあったんで。あのノックダウン場面はやっぱりガチですか? 岩城 そうです。テンプル(こめかみ)にもらったんで、記憶はない。ボーっとして、天井がぐるぐる回って見えるし、呼吸ができない。 戦った相手は、その後、全日本のチャンピオンになった選手。僕もけんかだったら負けないっていう自信はあったけど、空手上がりだから、反射的に蹴りを出さないように気を配ってね。しかも、段取りなんてないから。 猿渡 事前練習とかは? 岩城 いや、練習なんてする時間はなかったです。撮影がびっしりだったから。なので、ぶっつけ本番のけんかみたいな感じで。でも、対戦相手の彼が、後に全日本王者の祝勝会に呼んでくれて、「岩城さんのあのときのパンチがずっと痛かった」って言ってくれたのはうれしかったな。 猿渡 それと、すごくインパクトが強かったのは、『北の国から'98時代』での牛の帝王切開手術です。 岩城 あれはすごいっていうか、怖かった。僕は射撃をやるけど、狩猟はやらないんだよね。動物と目が合うと、撃てなくてさ。だから、腹を切るのは嫌だって言ったんだけど、どうしてもやってくれと。だから、薬塗って、体毛を剃って、ひと通りやりましたよ。 猿渡 ボクシング同様、そこもリアルだったんですね。 岩城 そう。牛の乳搾りだって、吹き替えじゃないですよ。当時は今みたいに搾乳の器具なんてなかったから、すべて手搾り。あれは握り方とか、コツがあってね。簡単にはできない。 最初は、脚本の倉本(聰)先生が現場を見に来られると、「岩城、おまえ、全然手つきが違うじゃないか」って、ツッコまれてね(笑)。ずいぶん練習しましたよ。それにね、馬の交尾もやった。雄馬のペニスを肩に担いで、雌馬に挿入させるところまで。 猿渡 すべてガチンコだったわけですね。 岩城 そう、北海道でのロケはすべてガチンコ。ウソはひとつもなかった。邦さん(田中邦衛・黒板五郎役)が屋根から落っこちて、雪に埋もれて危うく死にかけるとか。全部本物です。だから、そんな中でボクシングのシーンを撮るとなったときも、〝作り〟をやるわけにはいかんだろうと。 で、倉本先生に「先生、本当にやりたいの?」って聞いたら、やりたいと。で、ああなったわけです。 でもさすがに病院へ担ぎ込まれた僕の姿を見て、倉本先生と、プロデューサーの中村敏夫さんは青ざめてしまい、「もう二度とこういうのはダメだ」と。だから、回復後、中村さんに言ったんですよ。僕も生活かかってるから、ギャラに上乗せしてくれって。 猿渡 乗ってました? 岩城 乗ってませんでした(笑)。でもね、もともと倉本先生のロケーションコーディネートを手伝ってる頃からかわいがってもらっていて。 それで『前略おふくろ様』(75~76年・日本テレビ)の最終回に出させてもらって、その後『あにき』(77年・TBS)にも出させてもらうことになるんだけど、残念ながら、いろいろあって、降板になっちゃったんですよ。 それでも、倉本先生は「おまえ、もう本番中に逃げないか?」って、再びチャンスをくれたのが、『北の国から』だったんです。だから、すごく恩義がある。 邦さんも、僕の娘が小学生の頃北海道にひとりでやって来たときは、撮休日なのに一日中プールに付き合ってくれたりね。ちい兄(地井武男・中畑和夫役)にも、すごくお世話になりましたね。本当、家族のようだった。あんなすてきな人たちに、そして素晴らしい作品に出会えて、今でも感謝しかないですよ。