「非体験者」という希望 : 高校生が発掘した旧日本陸軍・登戸研究所の史実―風船爆弾、偽札製造に毒物による人体実験
戦後70年 製紙会社の倉庫に偽札資料が
出発点から難しい「宿命」を負う資料館の運営にあたってきた山田館長は、ことあるごとに「非体験者による記憶の発掘」の重要性を唱えてきた。言い換えるならば「非体験者こそ希望」というメッセージである。 実際、隠蔽されていた重要な物証が「非体験者」の手でふとしたきっかけで見つかり、研究所に届くことも、いまだにある。
2014年、企画展の準備に向けて資料館スタッフが製紙会社「トモエガワ」に問い合わせたところ、先方は「実は倉庫を整理していたら『儲備券(ちょびけん)用紙綴』と書いたファイルが見つかった。戦中の登戸研究所と関係があるのではないか」というのだった。 儲備券とは、中国における日本の傀儡政権となった汪兆銘政権下で、「中央儲備銀行」から発行された通貨だが、日本の占領地以外では「紙くず」同然だったため、中国の法定紙幣「法幣」を模した偽札を、登戸研究所で製造していた。 「トモエガワ」の倉庫から見つかったファイルは、この法幣製造のために不可欠だった「すかし」と、絹糸の「すきこみ」に関する研究資料だった。 「偽札の命が『すかし』ですが、ファイルにあった資料から、当時の巴川製紙が1年かけて、中華民国建国の父として法幣に印刷されていた孫文の横顔の『すかし』を開発したことが分かりました。現物も残されていたので、技術がどんどん上達していく過程まで分かる。会社のトップのみぞ知る軍事機密だったはずです」
そのファイルが戦中の高度な「機密」だと知る人間がその場にいたら、人知れず処分したことだろう。だが幸運にも戦争の「非体験者」に見いだされ、焼却炉行きを免れることができた。 山田館長はそのことに深く感謝しつつ、まだ社会のどこかで眠り続ける資料たちが「発掘」されることを、心待ちにしている。
取材・文:浜田 奈美、POWER NEWS編集部 撮影 : 横関 一浩