「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」(森美術館)開幕レポート。ゲイツが思い描く異文化的ハイブリッドの未来
アート界のパワーランキング「Power 100」 の上位を占めており、米国の現代美術を代表するブラック・アーティストのひとり、シアスター・ゲイツ。その日本初となる大規模個展「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」(~9月1日)が、東京・六本木の森美術館で開幕した。企画は德山拓一(森美術館アソシエイト・キュレーター)、片岡真実(森美術館館長)。 ゲイツは1973年米国イリノイ州シカゴ生まれ、同地在住。彫刻と陶芸作品を中心に、建築、音楽、パフォーマンス、ファッション、デザインなど、メディアやジャンルを横断する活動で国際的に評価されている。2004年、愛知県常滑市で陶芸を学ぶために初来日し、以来20年以上にわたり、陶芸をはじめとする日本文化の影響を受けてきた。 本展のタイトル「アフロ民藝」は、1950~60年代の米国の公民権運動「ブラック・イズ・ビューティフル」と日本の「民藝運動」の哲学とを融合し、ゲイツがハイブリッドな文化の未来構想として考えた造語。キュレーターの德山は、「アフロ民藝」は「民藝」ではないと強調しながら、「ゲイツ氏が歩みのなかで出会った、自分との異なる文化や言語、表現などを取り入れて共感し、新しいものを生み出したという美学の試みだ」と説明している。 展覧会は、「神聖な空間」「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」「ブラックネス」「年表」「アフロ民藝」の5章構成。会場では、ゲイツの作品のみならず、日本の香や酒老舗の職人とコラボレーションした作品や、ゲイツとゆかりの深い常滑で制作された陶芸、歴史的資料のアーカイヴなども並ぶのが大きな特徴だ。 ゲイツは本展の開幕にあたり、「この展覧会は、世界中のものづくりと職人たちを称えるものであり、私の日本での原点である常滑を祝うものでもある」としつつ、常滑とのつながりについて次のように述べている。「常滑は私を変えてくれた場所であり、私がより良いアーティストになるための訓練を受け、刺激を受けた場所。私にとって常滑は、世界でもっとも重要な場所のひとつだ」。 第1章「神聖な空間」では、ゲイツの作品に加えて、彼が尊敬するつくり手や影響を受けてきたアーティストたちの作品が紹介。空間全体はゲイツ自身にとっての「美の神殿」をイメージしたひとつのインスタレーションになっている。 展覧会の入口には、江戸時代後期の僧侶・木喰上人による木製彫刻《玉津嶋大明神》(1807)が置かれている。民藝運動の父・柳宗悦が木喰に関する調査を行うなかで「民藝」という言葉を思いついたといい、民藝の起源をたどる作品として入口で紹介されている。 同じ空間では、ゲイツの代表的なシリーズである、タールを素材とした絵画作品《年老いた屋根職人による古い屋根》(2021)が展示。この作品では、タールの職人だったゲイツの父が葺いた屋根を、ゲイツが剥がして作品に使っている。20世紀前半に起きたアフリカ系アメリカ人が米国の南部から北部に移動する流れに乗って、ミシシッピからシカゴに移住したゲイツの父と作家自身の起源をたどる作品でもある。 次の展示室に入ると、床板のきしみに気づくかもしれない。ここに敷かれているのは、常滑市の製陶所で本展のために制作された1万4000個の煉瓦からなるゲイツの新作《散歩道》(2024)だ。鑑賞者の動きによって緊張感が生み出され、寺社仏閣のような神聖な雰囲気が醸し出されている。こうした空間では、京都の香老舗・松栄堂の調香師とともにつくった香の彫刻《黒人仏教徒の香りの実践》(2024)や、7つのスピーカーと1台のオルガンで構成されるインスタレーション《ヘブンリー・コード》(2022)なども展示されており、会期中にはこのインスタレーションを演奏するパフォーマンスも行われるという。 「黒人の文化的空間」をテーマに様々な建築プロジェクトを手がけ、その過程において関連する品々を過去15年間にわたって蒐集し、保存し、管理してきたゲイツ。第2章「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」では、ゲイツがそうした「創造的な作業」のなかでつくり出したアーカイヴの一部を図書館のかたちで再現している。会場では、シカゴから運ばれてきた約2万冊の書籍が、日本語の黒人史にまつわる書籍とともに展示されており、そのほとんどは手にとって自由に閲覧することが可能になっている。 隣の展示室では、ゲイツがこれまで手がけてきた建築プロジェクトの概要紹介のほか、公民権運動期の黒人のアイデンティティの確立において重要な役割を果たした出版社「ジョンソン・パブリッシング・カンパニー(JPC)」の写真や書籍、社屋の家具などをゲイツが引き継いだアーカイブからその一部が出品されており、黒人の美しさを称えたJPCの功績に新たな価値を付加する。 第3章「ブラックネス」では、取り壊された小学校の体育館の床を組み合わせてつくり出された平面作品《基本的なルール》(2015)や、7点の「タール・ペインティング」からなる《7つの歌》(2022)、アメリカの黒人陶芸から、アフリカ、日本、朝鮮、中国の陶芸に着想を得た陶磁器のシリーズ「ブラック・ベッセル(黒い器)」が紹介されており、ゲイツの作品における「ブラックネス」を見ることができる。 続く第4章「年表」では、複数の年表を通じて常滑の歴史、民藝の歴史、そしてアメリカ黒人文化史とゲイツの個人史をひとつの時間軸で紹介。また、年表とともに実際の作品も複数展示されており、ゲイツ自身と日本の繋がりを読み解きながら、まったく異なる文脈のなかでアフロ民藝をはじめとする様々な事象がいかに起きているのかを探る。 最後の章「アフロ民藝」に入ると、本展はクライマックスを迎える。同章はゲイツの日本での様々な出会いが、自身のアイデンティティを形成してきたことを理解し、日本の民藝運動とアフリカ系アメリカ人の公民権運動が融合する物語であり、「スペキュラティブな提案」。大型インスタレーションなどを含む本展のための新作を通して、「アフロ民藝」のエッセンスを探求していく。 まず同章で大きな存在感を放つ大型インスタレーションのひとつは、常滑出身の陶芸家・小出芳弘(1941~2022)による約2万点の陶芸作品で構成される作品。ゲイツは、ひとりの陶芸家としての生涯をも表すこれらの作品を引き受けて、作品を梱包し、目録を作成し、美術館で展示することで作品に新たな意義を与えた。 《みんなで酒を飲もう》(2024)は、明治から昭和初期まで酒屋で少量買いをする客への貸し容器として使われていた、「貧乏徳利」と呼ばれる陶器1000本を用いたインスタレーション。ゲイツが陶芸家・谷官とコラボレーションした同作では、谷の祖父が長年をかけて蒐集していた貧乏徳利を使っており、それぞれの容器にはゲイツのプロジェクト名である「門インダストリー」(ゲイツの名前は英語で門=gateの意もある)のロゴが印字されている。 そのほか、長野の裕福な農家に使われていた「鉄砲梁」と呼ばれる根曲がりの木を、「タール・ペインティング」のイーゼルとして使った作品や、京都の陶芸家などの職人が着用していた着物をほどき、金とあわせて織り直した《アフロ民藝着物(HOSOO)》(2024)、そして大田垣蓮月やルーシー・リー、濱田庄司などゲイツが収集した、影響を受けた陶芸家の作品が並んでいる。展覧会の最後では、ハウス・ミュージックとアイスバーグ(氷山)をあわせた氷山状のミラーボールの作品《ハウス・バーグ》が回転しており、作品の表面に当たった光が空間全体に反射し、様々なアイデアや思想が混在しこの空間をひとつにつなげることを意味する。 様々な文化を重ね、作家自身の経験にも基づいて生まれた「アフロ民藝」。ゲイツは次のように語っている。「ある文化が他の文化に多大な敬意を払い、そしてその2つの文化が長い時間をかけて会話を始め、深く愛に満ちた関係を築いたときに何が起こるか。アフロ民藝は、日本における私の黒人性を認めるものであり、私の芸術的実践が日本、とくに民藝のおかげで変わったという事実の宣言でもあるかもしれない」。 また德山は、本展について次のような言葉を寄せている。「今日の文化的な差異や価値観の違いによって様々な紛争や問題が現代社会のなかで起きており、その違いを認めて共感することによって何か新しいものをつくるというのが非常に重要なこと。ブラックカルチャーのかっこよさを感じていただき、民藝というものを起点に、これからの社会、未来について考えていただける機会になればと思っている」。 なお本展では、ゲイツ本人による作品解説や、キュレーターの片岡と德山による展覧会解説が収録された音声ガイドが用意されており、誰でも無料で利用できる。ぜひ、ゲイツ本人の言葉とともに会場を回り、「アフロ民藝」という異文化のハイブリッドの可能性について思索を巡らせてみてはいかがだろうか。
文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)