【対談連載】ソフトクリエイトホールディングス 代表取締役社長 林 宗治(下)
【渋谷発】2006年、父の後を継ぎ32歳の若さで社長に就任したソフトクリエイトホールディングス林宗治社長。就任直後からの道のりは一筋縄ではいかなかったが、その経験からさまざまな気づきを得て、経営者としての心構え、決断の仕方を自分の中につくり上げてきた。その考え方には意外なものもあった。また、今後のソフトクリエイトの経営方針だけでなく、業界全体が将来のためにすべきこと、業界での人材確保・教育のあり方など、経営について幅広い見識を語ってもらった。 (本紙主幹・奥田芳恵) ●決めるのは自分だ、と最初に示すことの重要性 芳恵 経営にあたって大事にしておられることについて伺います。経営者として物事の判断は重要ですが、その際に揺るぎのない軸というのはあるのでしょうか? 林 昔から軸があったとは言えないんですが、やっていくうちに学んだことはあります。僕が社長になってから、古参のメンバーがバタバタと辞めていくという“事件”がありました。その時に、組織を形づくるにあたって、まわりの意見を聞いてみんなで決めていこう、ということをやってみました。でも結果的には失敗だった。なぜかというと、みんなで決めようってなると、いろんな意見がまぶされてしまうので、結局は誰も満足しないからです。そんな経緯があって以降、自分は決断することに専念して、みんなの意見をまとめるとか、まぶす、ということをやめたんです。中途半端なものはつくらないことにしました。 芳恵 なるほど、そうですか。しかし出てくる意見っていうのは、皆さんの思い、ということもありますよね。 林 そうです。だから、まず聞く。聞いた上で、決断するのは自分だという方向にしました。 芳恵 それができるようになるのは簡単なことではないですよね。時間はかかりましたか? 林 けっこう時間がかかって……。それができるようになったのは7、8年前かな。 芳恵 いまの考えに至るまでには葛藤もあったのでは? 林 そうですね。当初は社内調整をしながらの社長だったので。 芳恵 組織っていうのはさまざまな意見を持った人たちの集合体ですものね。 林 でも、全員の意見を聞いた上で自分が決める、という姿勢を事前に示しておくことはとても大事だと思っています。 芳恵 とはいえ迷うこともあるのでは? そんな時はどうしているのですか。 林 やり直しがきくかどうか、を考えます。やり直しがきくことはすぐに決めます。スピードを大事にしていますので。やり直しがきかない話の場合はしっかりフレームワークに基づいて、どんな根拠で決断をしたのかを後で検証できるようにしておくんです。失敗した時に、何が間違っていたのかがわかりますから。 芳恵 そうすると次につながりますからね。スピードは重要視しておられるとうかがいましたが。 林 そうです。“Speed&Change”をわが社のスローガンに掲げています。その分、逃げ足も速いですよ。やめる決断もさっさとやります。あと、自分の社長在任中に決算をどう飾って見せていくかといったことではなくて、長期的に見て今後プラスになるかどうかを社長自身で決めることができるという強みがあります。創業ファミリー企業の良さというのはここにあると思います。 ●人の長所しか見ない姿勢を マネジャー層にも徹底 芳恵 自分の両腕となるような人物に求めていることはありますか? 林 うーん、うちはみんな個性が強いからなあ……。でも、人の長所しか見ない、不得意なことはやらせない、ということですかね。 芳恵 それぞれの強みを見極めてそれを伸ばす、ということでしょうか。 林 うーん、もともと僕がそういうふうに生きてきた、っていうのがあるんです。人の短所に目が行く人生って、日々怒りしかなくなっちゃうんですよ。怒りと悲しみだけの人生になっちゃう。オールマイティに優れた才能をもっている人がいればいいですけど、そんな人なんていないんですよ。そのことは社員にも伝えてあります。 芳恵 それで足りない部分が出てきた時はどうしますか。 林 不得手なことをやらせるよりは、外から探してくるほうがいいんじゃないですかね。 芳恵 社員の教育には時間をかけておられるほうですか? 林 そうですねぇ、今これだけの人数になってきたので、中間管理職がどうやってマネジメントしていくかが重要になっています。中間管理職に対して社長が持っているフィロソフィーを伝えること。自分はこういうことを考えて日々やってるんだ、ということを部下にきちんと伝えられるように育成しています。社長自身のプライベートなことについても社員に知ってもらうようにしています。 芳恵 それは社長と社員や上司と部下の距離を縮めるためでしょうか? 林 というよりは、自分の頭の中のことを知ってもらいたいという思いですね。先ほど話したこのチタン製タンブラーもその一例です。このタンブラーは技術の塊がデザインとしても洗練されていて美しさもあるというところが僕は好きなんですけど、自分はこんな理由でこういうものが好きなんだっていうフィロソフィー、自分は何を大事にしているか、何に感動するかということが伝わっていくと、それがソフトクリエイトという会社がつくるサービスのあり方にも反映されていくんじゃなかろうかと期待しているんです。「あ、社長はたぶんこれが好きだよな」って社員がわかってくれると、稟議だとか相談なんかもしやすくなりますしね。 芳恵 結果として全体のスピードアップにもつながりますね。 林 そうですね。 ●「つくり続ける」存在を目指して 選ばれる企業になる 芳恵 今後、どのような会社にしていきたいですか? 林 いま、ここまで成長できて人数も増えてきましたので、継続的に新しいサービスを生み出していけるようになりたいと思っています。常に新しいものをリリースし続ける会社ですね。 芳恵 それは難易度が高いことなのではないでしょうか。 林 そうかもしれません。ただ、いま、量産体制というのに入っていけそうなので、スピードをもって回していけるようにしたいと思っています。いま、中小企業にとってDXというのは、コストの問題が大きいと思うんです。ただ、いろいろなサービスの組み合わせをつくることができれば選択の幅は広がって、中小企業にも受け入れやすくなると思いますから、日本全体でDXのレベルは向上していくはずです。中小企業も世代交代が進んでいますので、いまこそいろいろなサービスをつくり出していく必要があると思います。 芳恵 そのうえで、選ばれる会社になるための戦略はお持ちですか。 林 まず、DXサービスや製品を選ぶ能力のある会社の場合、自分でWebで徹底的にいろいろと調べて、問い合わせなんかもしています。でもそういった中小企業は全体の2割程度でしかない。だから私たちが残る約8割にどうアプローチするかを考えた時、日々の接触が重要ということになってきます。まずPCを売る、というきっかけでも良いんですよ。そうして接触頻度を上げていくことが一つの方法だと考えています。 芳恵 今はグループ会社も増えていますね。 林 グループ会社といかにカルチャーを共有するかもこれからの課題ですね。グループ会社には、本社機能の良いところを知ってもらって、便利に使ってもらいたいと思います。 芳恵 最後に、求める社員像と採用の動向について聞かせてください。 林 いま応募者も多様化していますので、元気がいい人だけで揃えたり、ITに詳しい人間だけでそろえたりする必要はないと思っています。ただ、それまでの経験はどうあれ、最終的にはITの沼にハマってくれるか、こういった沼にハマることを楽しいと思えるかは重視しています。でないと、本人にとって苦痛ですから。面接の段階で、ITに興味をもてないならやめたほうがいいとも伝えています。 芳恵 少子化の傾向にあって採用が難しくなっているという実感はありますか? 林 中途採用は激戦区になっています。ただ、新卒が毎年100人以上採用できているのでなんとかなっていますね。 芳恵 女性の採用はいかがでしょう? 林 新卒でも女性の応募者の数は増えませんね。業界全体でもっとイメージアップしていかなればいけないと思っています。IT企業はサーバーを箱から取り出して設置するみたいな肉体労働のイメージがありましたが、いまやそんなことはなくて、肉体的な制限はありませんからね。 芳恵 長時間労働のイメージもありますが…。 林 そこに関しては、上場以降に管理を厳格化したところ、ぴたっと残業がなくなったんですよ。そういうこともできるんだと、業界全体でPRしていかないといけないですね。徹夜自慢を武勇伝みたいに語るのはやめないとね。 芳恵 大きく変えていきたいところですね。本日はありがとうございました。 林 こちらこそ、ありがとうございました。 ●こぼれ話 午前9時。今回の対談は、お気に入りの品であるチタン製のタンブラーの紹介から始まった。優れた機能と光る職人技に引かれるのは、なんとも林宗治さんらしい。ちょっとモダンな雰囲気を添えてくれるタンブラーを眺め、ワインや日本酒をたしなむシーンを想像しながらお話を伺っていく。夜の一杯が待ち遠しくなる話題が続く…。 林さんは、日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA)で会長を務めておられ、私も同協会の理事になったことから、お会いする機会がとても多くなった。ワインや日本酒、そして釣り。それぞれに深い知識をお持ちで、いつも驚かされるばかりだ。自分の好きなものを通して、フィロソフィーを伝えていく。ちょっとしたコミュニケーションの中にもそうした要素を取り入れ、雑談をより有意義なものにしてこられたのだなと、今回の対談で答え合わせができたようであった。 多くの企業が事業承継の問題を抱える中、ソフトクリエイトは見事に遂行された。その手際に鮮やかさを感じる。事業の継続を目的とした経営体制の変更にとどまらず、企業の成長の起爆剤として機能したからだ。幼少期から積み重ねてこられた小さな「刷り込み」は、後に強い責任感と固い覚悟を醸成することとなった。幼少期からのストーリーをたどれば、32歳での社長就任は、決して早すぎることはなかったのだと理解できる。 渡す覚悟と受ける覚悟。事業承継は両者の釣り合いが大切だと感じている。どちらもいい案配で釣り合ってバトンを渡すことができたら、お互いにとって、とても幸せなことだ。事業承継はチャンスかピンチか。企業のさらなる発展の転換点とすることができるかどうか――。林家の成功例を目の当たりにして、私自身が事業を引き継いだときの固い決意を思い起こし、新たに気持ちを引き締めるのであった。受け取ったバトンをぎゅっと握りしめるように。(奥田芳恵) 心にく人生の匠たち 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。 奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長) <1000分の第355回(下)> ※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。