WAT'S GOIN' ON 〔Vol. 11〕台湾とりんごのただならぬ関係 情熱の青森ワッツは海をも超える
あとは、船
下山には、北谷を説得するための隠し玉もあった。 「いや、何回びっくりさせるつもりなんだと。ある日、下山さんが『俺たちは血がつながっているんだ』と言い始めて。嘘でしょ、と思ったら……本当でした。これまで、ぜんぜん親戚付き合いしていなかったのですが、母方のほうで、しっかり繋がっていて」 こうして2021年9月、北谷は青森スポーツクリエイションの後継者となった。 「船長は決まった。あとは船!」(下山) しかし、そんなに都合の良い話はあるのだろうか。青森スポーツクリエイションの株を買うために、先方は資金を投じる。にもかかわらず、チーム運営の主導権は渡さない。 「だから、ずいぶん時間はかかりました。M&Aの専門家に依頼して、ワッツの買収に興味を示しそうな企業のリストを作ってもらって。そのときに名前が挙がった企業が100社前後あったのかな。そのリストをもとに、こちらでも検討を重ねました。 買ってもらえるなら、大きい企業ならどこでもいいというわけではなく、青森県初のプロスポーツチームの価値と可能性を理解し、地域活性化というアイデンティティを大切にしてくれる相手でなければ……」(下山) 下山は、日本がコロナ禍に見舞われる前から計画を進め、10社近い企業の役員、担当者と折衝を重ねたが、先行きは不透明だった。 「誰もが知る大きな企業も興味を示してくれたのですが、話してみるとね。青森に思い入れがなかったり、ワッツに対しても……しばらく使ってみて、ダメならポイ捨てだな、というような短期的な考えが透けてみえたり。そうした中、一番最初の会談の時点からホールディングスのトップである会長さん自らが姿を見せて、熱い思いをぶつけてくれたのが、ANEW ホールディングスでした」(下山)
藤永裕二
ANEWホールディングス代表取締役会長の藤永裕二は、米国ロサンゼルスで事業を展開していた折に関わったバスケットボール文化に感銘を受け、日本でも地域に密着した形のスポーツビジネスを手掛けたいと考えていたという。 「藤永さんの熱量は、本当に凄かった。米国では、子供たちのバスケットボールチームに援助もしていたみたいで、バスケそのものにも詳しかったですし。傘下に12社もの企業を抱えるホールディングスの会長なのに『家を借りて、週の半分は青森で暮らす用意がある』と仰るし、『経営権を取得しても、意識の上では買収ではありません。共同経営です』とも」(下山) たしかに熱量は抜群だ。しかし、それだけでほだされる下山ではない。青森銀行の行員として、地域経済を見続けてきた彼が注目したのは、ANEWと台湾の関係だった。 「この数年、青森県産のリンゴの取引価格がどんどん上がって、県内の農家さんが潤うようになってきました。その第一の要因は、リンゴの輸出増です。中でも、台湾は最大の輸入国で、約4万トンの輸出分のうち70%以上が台湾に送られているのです」 ANEWホールディングスは、その台湾にグループ会社を保有していた。「台湾とのコネクションを活かして、ワッツと青森県を盛り上げたい」(下山)という点で、ふたりはピタリと一致した。 こうして2023年7月、ANEWホールディングスは、青森スポーツクリエイションの株式の90%超を買収し、経営権を握った。藤永は、地元紙『東奥日報』(10月6日付)のインタビューで声明のような言葉を発している。 〈実質的にはオーナーではあるが、社長が変わることはない(…)われわれは台湾でも事業展開しており、台湾と密接な青森が適していた(…)地域に愛され、エキサイトしていただけるよう、選手を育てる支援もしっかりと行い、強いチームをつくっていく。青森でスポーツを通じた事業もつくる。青森ワッツ、青森スポーツクリエイションは第2次の創業だと思っている。自分自身、青森に住み、100%責任を果たす〉* *『東奥日報』(2023年10月6日付) さて2023年12月現在、この約束はどこまで実現されたのか。まず、社長を務める北谷稔行の立場は変わっていない。下山は青森スポーツクリエイションの顧問に就き、藤永が会長。台湾との関係においても、出だしは順調のようだ。 ANEWホールディングスが経営権を取得した7月にはさっそく、台湾のプロバスケットボールチームである新竹ライオニアーズと「国際戦略的パートナーシップ」を締結したことが発表された。さらに11月には、台湾のTリーグでプレーしていたスモールフォワードのリュウ・チュンティンがワッツに加入。そして、藤永は本当に家を借り、月の半分以上を青森で過ごしている。 (WATS GOIN' ON 〔Vol. 12〕につづく)
VictorySportsNews編集部