今度こそ完全ワイヤレスに。KOSS「Porta Pro Wireless 2.0」の謎に迫る
■ デザインを変えずに40年 「Porta Pro」というヘッドフォンをご存じだろうか。米国の老舗KOSSのオールドファッションなヘッドフォンなのだが、日本では2000年頃から潤沢に製品が並び始めたことで知られ始めた。本連載でも2002年に日本で入手可能なモデルを集めてレビューしている。 【画像】左がWireless 2.0、右が山崎編集長のミリタリーカラーモデル(PORTAPRO PREMIUM RHYTHM BEIGE Japan Edition) 2000年当時はかなり古くさいデザインだと感じたものだが、あれから四半世紀が過ぎるともう1周回って新しく感じる。そんなPorta Proも、米国での発売が1984年(日本での発売は1988年)ということで、今年40周年なわけである。 そんなことを記念してか、Porta Proに新シリーズ、「Porta Pro Wireless 2.0」が11月末に発売された。直販価格は15,180円。 実は2018年にも一度ワイヤレスモデルが出ているが、その時は左右のハウジングがケーブルで繋がっていた。まあ確かに音源とはワイヤレスだが、左右を繋ぐケーブルは正直邪魔で、ワイヤレスのメリットを帳消しにしていた。一方今回のWireless 2.0では、左右を繋ぐケーブルまで完全に排し、真の完全ワイヤレスとなっている。 この新しいWireless 2.0、筆者も購入して聴いているところなのだが「あれ? こんな音だったっけ?」と、すでにオリジナルのPorta Proの音をすっかり忘れてしまっていた。オリジナルも所有してしたが、老朽化が進んだために廃棄してしまったので、わからない。 そこで今回、本紙山崎編集長の私物であるオリジナルのPorta Proをお借りし、新しいWireless 2.0は音もなにもかも同じなのか、あるいはどこが違うのかを探ってみる。 ■ デザイン的にはほとんど同じ オリジナルと新しいWireless 2.0を比べてみると、ご存じの方はパッと見、記憶の中のPorta Proとほとんど同じだと思われる事だろう。 山崎編集長のオリジナルは、限定で発売されたミリタリーカラーのバージョン(PORTAPRO PREMIUM RHYTHM BEIGE Japan Edition)で、イヤーパッドはボロボロになったので別品に交換したそうだ。オリジナルは結構いろんなカラーバリエーションが限定で出された過去があり、ベージュやゴールド、ブラックモデルなどもあるらしい。またイヤーパッドも互換品が数多く商品化されており、カラバリや極厚など、様々なカスタマイズが可能になっている。 特徴的な、これエンクロージャーと言えるのかどうか、ドライバー回りの設計もまったく同じで、もちろんサイズも同じである。ここまでデザインを変えずにワイヤレス化したというのは、逆に高い技術があるという事でもある。 折り畳み構造も同じで、ヘッドバンドの根元から内側に折れて、ヘッドバンドの先端をフックすれば丸くなる。以前はそこにケーブルをグルグル巻きにしていたわけだが、今回はそのケーブルがないわけだ。 充電用のUSB-C端子は右側にあり、ドライバーを固定している円形リングの外周に電源ボタン、ボリュームボタンを配している。また昨今のワイヤレスヘッドフォン同様、マイクも内蔵されている。 バッテリーがどこにあるのかは公開されていないが、おそらく右側のヘッドバンドが留まっている根元の構造の中あたりではないかと推測する。そこ以外にはまとまった空間がないほど、このヘッドフォンはスカスカなのだ。 ヘッドバンド根元部にスライドスイッチが見えるが、これはヘッドバンドとドライバの角度を調整して、耳への当たりの強さを調整するためのもので、オリジナルにも同様の機構がある。 スペックとしては、周波数特性15~25,000Hz、Bluetoothバージョンは5.2、バッテリー駆動時間は最長20時間以上となっている。逆に言えばそれ以外のスペックはどこにも書いてないのでわからない。Bluetoothコーデックも公開されていないが、実際に接続してみると、SBCとAACのようだ。 製品には、USB-Cとアナログ3.5mmジャックの変換ケーブルが付属している。これを使うと、これまでのようにイヤフォンジャックにケーブルを挿してワイヤードで使用できる。 USB-C端子では、後方互換性のためにアナログ音声の入出力も可能になっており、変換ケーブルで利用する事ができる。USB端子内にD/Aコンバーターを内蔵しているイヤフォンもあるが、本機の場合はパッケージに記載されている ”Analog audio pass through~” という文言から推測するに、USBのアナログラインをパススルーで使っているようだ。 ■ '80年代を象徴するサウンド Porta Proが登場した背景には、当然当時の音楽シーンが関係している。1984年という年はアメリカン・ロックの当たり年で、まさに「ベストヒットUSA」全盛期である。とはいえ40年前だ。今50歳の人でもまだ10歳。アメリカンヒットチャートを意識するにはまだちょっと早いぐらいである。 当時がどんな時代だったかと同年のヒットアルバムを調べてみると、ブライアン・アダムス「Reckless」、ブルース・スプリングスティーン「Born In The USA」、マドンナ「Like A Virgin」、ヴァン・ヘイレン「1984」、プリンス「Purple Rain」、カーズ「Heartbeat City」等、まさにオールスターゲームである。当時すでにCDはあったが、まだタイトルが揃っておらず、多くの人はまだLPを買っていた。 映画では「フットルース」、「ゴーストバスターズ」、「ストリート・オブ・ファイヤー」が大ヒットし、まさに米国ロックをベースにシナリオが組まれた時代だ。 振り返って日本はというと、前年にYMOの「浮気なぼくら」がリリースされ、84年に坂本龍一が「音楽図鑑」をリリース、世界を席巻したテクノの終焉が漂ってきた時代である。テクノと親和性が高かったUKニューウェーブシーンからは、ハワード・ジョーンズがシンセサイザーとシーケンサを駆使した1人ロックバンドとして、1stアルバム「Human's Lib」を完成させた。またポール・ウェラーがスタイル・カウンシルを結成してシャレオツサウンドに転身し、パンクファンからはなんだこれ? と言われたりしていた。アメリカ以外では、混沌とした時代である。 つまりアメリカではガッツリしたロックをウォークマンで大音量で聴く、音漏れ? なんだそりゃみたいな音圧の時代に、Porta Proは生まれたわけである。軽量ながら大音量に耐えられる丈夫さ、骨太の低音といった特徴は、まさに時代を象徴するモデルであったのだろう。 今回はサンプルとしてブライアン・アダムスの「Reckless」を試聴しているが、今改めてオリジナルのPorta Proを聴いてみると、この時代の空気感、明るくカラッとしたイメージをよく伝える音となっている。この当時の水準としてはかなり低音ががっつり出るので、解像感がありつつも音が軽くならない。非常に優れた設計とサウンドデザインであったことが伺える。 一方Wireless 2.0のほうは、今回Bluetoothとワイヤードの両方で聴いてみたが、傾向としてはオリジナルと同じではあるものの、音の出方としては若干ウェットな感じがする。解像感の甘さというか、オリジナルのカラッと晴れわたった感がなく、若干雲があるよねーといった印象だ。この点ではやはり最初に聴いたときの、「あれ? こんな感じだったっけ?」という違和感は正しかったようだ。 ただ、山崎編集長のオリジナルモデルとは、エージングにかかった年数がだいぶ違う。Wireless 2.0も、あと5年10年するとカラッとするのかもしれない。 ■ 左右はどうやって繋いでる? Wireless 2.0は、オリジナルと同じデザインで完全ワイヤレス化を成し遂げた。だがよくよく考えてみると、じゃあ先に出たWirelessにあった、あの左右を繋いでいたケーブルはどこにいったのか、というのが気になるところだ。右側でBluetoothなりワイヤードなりで音楽信号を受け取ったら、Lchの音を左側にも伝送しなければならないはずだ。 通常のヘッドフォンでは、ヘッドバンド部の骨組の回りがクッション材で覆われており、このクッション材の中にケーブルを通すことで、反対側へ信号を送っている。つまり左右接続は、アナログなわけだ。この伝送のために、初代のPorta Pro Wirelessは、左右がケーブルで繋がっていたわけである。 今回のWireless 2.0は、ケーブル以外の方法で左右を繋いでいると考えられる。そうなると考えられるのは、オリジナルと唯一デザイン的な変更がある、ヘッドバンドに秘密があるものと思われる。オリジナルは1本のステンレスで繋がっているが、Wireless 2.0のヘッドバンドは、2列になっている。 ヘッドバンドはエンクロージャ接続部を通り抜けて、先端がコの字型のフックまで繋がっているものと思われる。このコの字型の部分とヘッドバンド部の抵抗値を測ってみたところ、片側は抵抗値がゼロΩであった。つまり、素通しなわけである。 一方ヘッドバンドのもう一方のほうを当たってみると、約6Ωの抵抗値を示した。つまり、このあいだに何らかの回路が挟まっていると考えられる。また2つのヘッドバンドのあいだを短絡すると、左型のスピーカーから音が出なくなった。 この事実から、右側から左側への音声信号伝送は、このヘッドバンドの2本の金属を使って行なわれていると推測できる。ケーブルを使わず、金属版で伝送することでワイヤレスを完成させたというわけだ。そんなんで音質的にはどうなのという議論は当然あると思うが、なかなか大胆な方法で解決したわけで、そういう強引なところも古き良きアメリカっぽいなぁと思う次第である。 ■ 総論 若い読者諸氏には、Porta Proを初めて見たという人もいらっしゃるだろう。古くさいヘッドフォンに見えるのか、一周回って新しく見えるのか興味深いところだが、40年デザインや仕様が変わらないヘッドフォンというのは世の中にそうそうあるわけではない。これも1つの、トラディショナルデザインと言える。 現時点でもオリジナルのPorta Proは普通に販売されており、TEACの公式ストア価格では6,600円となっている。以前は9,000円ぐらいしたはずなので、この円安の中、昔より値段が下がっている。ワイヤードのヘッドフォンも1コぐらいないと困るという人は、今のうちに「保護」しておいてもいいだろう。 そんなPorta Proの完全ワイヤレスモデルだが、使い勝手はそのままで、再生時間も長い。音質が若干ウェットなところが微妙に勧めづらいところだが、ある程度動き回る人や、ヘッドバンドのステンレス伝送というヘンテコ技術を保護したいという方には、ワイヤードモデルより全然便利である。 昨今はながら聴きがブームだが、本機は大音量で聴かないと良さがわからないヘッドフォンだ。(耳の健康には注意しつつ)ガンガンに音漏れさせながら、全てを忘れてガッツなロックを聴いて欲しい。
AV Watch,小寺 信良