元年俸120円Jリーガー安彦考真に届いた1通のメッセージ、時折思いもよらない出会いがある
人生には時折思いもよらない出会いがある。それは数日前に突然起きた。Xで12月15日に行われるRISEのナンバーシリーズ「RISE184」に出場するある選手の人となりを知って欲しくてポストをした。今の時代、アスリートであれ芸能界のような競争が強いられる時代だ。その中でもその人の人柄を知っているかどうかで、応援したくなるかが決まる。 そのポストを投稿した直後に1通のメッセージが届いた。開いてみると全て英語。最初は迷惑メール的なスパムだと思い、ちゃんと見なかったが、なぜかその後も気になってはいた。もう1度メッセージボックスを開いて、見てみることにした。するとちゃんとした文章になっているし、送り主の名前もしっかりと書いてあった。 「John de Kom」。何となく聞いたことがあるような、ないような。そしてもう1度じっくり読んでみるとTessa de Komとも書いてあった。その名前の最初には「私の娘」とも書いてあった。そう、Tessa de Kom(テッサ・デ・コム)は第2代RISE QUEENフライ級の現役チャンピオンだ。そしてJohn de Kom(ジョン・デ・コム)はそのテッサ選手の実の父親である。 驚きと同時になぜ僕にこんなメッセージが届いたのか…。正直疑問であったし、まだどこかで若干疑っていた…これは本当に本物なのか…と(笑い)。送り主であるジョンさんは、こう言ってくれた。「あなたは格闘技の世界で尊敬されている人物なので、あなたのチャンネルを通じて紹介されると我々の仲間はとても喜びます」と。少しでもRISEを盛り上げたい一心で投稿したのだが、その行為がジョンさんには響いたようで、僕のことも知っていた。海外の方がこういった僕のような経歴に対して、異様なまでにリスペクトをしてくれる。ジョンさんからもその思いを感じた。 その後もやりとりが続き、結果的には正真正銘のテッサ・デ・コム選手のお父さんだった。娘想いのスーパーダディの思いも受け、今回のコラムはテッサ・デ・コム特集にしたいと思う。とは言え、私はテッサ選手とは会ったこともないし話したこともない。こうなったら直接インタビューだと言うことで取材をした。 彼女は真面目でストイックに取り組む戦士であり、淑女、そして家族をとても大切にするすてきな女性だった。彼女は今年の夏に高等教育を修了し、商業経済、スポーツマーケティング&マネジメントの学士号を取得して、学業とキックボクシングのキャリアを両立させていた。 日本にも学生ファイターはいるが、その両立はどうしてるのだろうか。テッサ選手はこう言った。「学校とスポーツを両立させるのはとても大変でした。どちらも時間とエネルギーがたくさん必要で、時々混乱してしまいました。そのため、何を優先すべきか分からず、ストレスを感じることがありました」。そしてこう続けた。「でもスケジュールを整理することでやるべきことが見えてきた。計画をきちんと立てることで、ストレスを減らし、両方のことをうまくこなせるようになりました」。真面目で丁寧な彼女の気質が伺える。 学業との両立はある種、仕事との両立より大変な気がする。相当なモチベーションと志がなければ全うできない。そんな彼女にこれからアスリートを目指す子どもたちへ、文武両道に向けて必要なことを聞いてみると「学業とスポーツを両立させるのは難しいことですが、不可能ではありません。本当にやりたいことがあれば、努力すれば必ず達成できます」と。全ては本気かどうか。自分の胸に手を当てて心の声を聞いてみてほしいと言うことだと思う。 彼女がこうして戦い続けるには理由があった。それは妹たちの存在だ。彼女にはオリビア(11歳)、ゾイ(7歳)、クロイ(3歳)の3人の妹がいる。その存在が彼女を奮い立たせているようだ。 「妹たちは私にとってとても大切な存在です。妹たちがいるから、私はもっと良い人間になれると思っています」。 妹たちの見本でありたいと思う彼女の一言には説得力がある気がする。 「私は彼女たちに「何かを達成したいなら、頑張ればできる」と示したいです。どんなことでも、努力すればなりたい自分になれるということを伝えたいです」。 強い意志と共に深い愛を感じる一言だ。僕も同じように息子や娘にいつでもどんな時でも始めるのに遅いことはない、やろうと思ったその日が素晴らしい結果を出す大事な瞬間なんだ、と伝えているので、ものすごく共感できる想いである。 続けて彼女はこう言った。「私がキックボクシングに一生懸命努力している姿を通して、妹たちが将来自分の夢をかなえるために頑張れるように見せていきたいと思っています」。 自分のことだけでなく、家族を想い、妹たちの未来に向けても必死になって真剣に取り組んでいるオランダの至宝に頭が上がらない思いになった。 12月15日に行われるRISE184の試合では、テッサ選手がメインで戦う可能性もある。そんな彼女にこの試合で何を表現したいか聞いてみると、「何かを達成するためには一生懸命努力することが大切だということを伝えたいです。また、格闘技にはお互いに対する尊敬の精神があります。人々がお互いに敬意を持って接することが大切だと思っています。私はスポーツを通してこれを伝えたいと思っています」。 素晴らしすぎる。昨今、人をあおることでしか自分を表現できない格闘技界。どこか大人たちに踊らされているようにも見えて、少し哀れにも思えてきた、暴罵詈(ばり)雑言と乱闘。そんな中、彼女はちゃんと相手が存在してこそ選手としての存在価値があることをわかっていた。 最後にベタな質問で締めようと思う。日本食で好きな食べ物はなんですか? 「私は食べ物が大好きで、日本の食べ物はどれもおいしいです!ラーメン、すし、和牛が好きですが、甘いデザートも本当においしかったです。私のトレーナーと私には、お気に入りのすし屋があります。RISE事務所の近くにあり、名前は『寿しの魚常』です。また行きたいです」。 最後は食べ物が好きで、おすしに魅せられた普通の女性に戻りインタビューを終えた。 KO決着必至のこの試合。小林愛理奈選手は強い。そこら辺の男子選手を見るよりワクワク、ヒリヒリする試合をする。王者としてどんな戦いが繰り広げられるのか、しっかり現地で見届けたいと思う。 この取材を通して、僕は一つの答えを導き出した。人は誰かのために力を発揮できる時が一番輝いている。そして人を巻き込むにはその人に志が必要だ。自分が成り上がるためや、お金持ちになるために頑張ることも否定はしない。ただテッサ選手のように、誰かを想い、自らの葛藤と戦い、相手選手へのリスペクトを欠かさない存在は非常に共感できるし、これからの選手が見習うべき立ち振る舞いだと思う。 日本の皆さん、ぜひ彼女の応援をよろしくお願いします!この機会をくれたジョンさん、サポートいただいた青木さん、本当にありがとうございました。 ◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算3勝1分け3敗。175センチ