「足を運んで楽しむ」新たに広がるNFTの可能性。施井泰平インタビュー
札幌国際芸術祭(2024年1月20日~2月25日)への参画やムーンアートナイト下北沢(2024年は9月13~29日に開催)の共催など、地域をベースとしたアートイベントを企画し、NFTの活用を試みているスタートバーン。コロナ禍に爆発的な注目を集め、オンライン上で完結するイメージの強かったNFTの技術をリアルの場に導入し、その新たな可能性を見出している。 今回は、スタートバーン代表取締役の施井泰平にインタビュー。同社が提供するサービス「FUN FAN NFT」の話題を皮切りに、これまでになかったNFTの活用法や、今後の展望について話を聞いた。 ──スタートバーンが2022年から提供している、ウェブアプリ「FUN FAN NFT」によるNFTスタンプラリーとはどういったものなのでしょうか。 二次元コードを介してデジタル画像を取得することを基本操作とする、シンプルな仕組みです。場所に応じてもらえるデジタル画像に、音声や映像、3Dのデータを付けることもできます。この機能を活用して、アートフェスティバルやイベントで来場者の回遊を促しています。 例えば街の中に作品が点在しているとき、各スポットに二次元コードを置いてNFTを取得できるようにします。「FUN FAN NFT」を使うことがそこに行った証明になり、そこでしかもらえないものがもらえるというサービスです。 ──NFTとしての特徴はどこにありますか。 通常のデジタルスタンプラリーとは違い、特定のアプリに依存せずにデジタルデータを扱うことができ、人に渡す、販売する、受け取るといったことができるのが大きな特徴です。「FUN FAN NFT」は使いやすさを最優先にしています。もちろんアプリのインストールは必要なく、ウェブで完結。GoogleやLINEでログインすると簡単にアカウントがつくれて、そこに仮想通貨やNFTを収蔵するウォレットが自動的にひもづき、NFTを取得できる状態になります。とにかくハードルを下げ、NFTがどういうものかわからなくても15秒で始められるというユーザー体験を用意しています。 それまで同じようなサービスがまったくなかったわけではなく、例えばイーサリアムやブロックチェーンの業界には、イベントに行ったり人と会ったりした証明として「POAP(NFT化された参加証明バッジ)」というものがありました。ただやはり誰でも簡単に使えるものではなかったんです。 ──企画した背景を教えてください。 きっかけは、再開発中の下北沢をアートで活性化したいという依頼を受け、2022年に小田急電鉄さんと地元の商店連合会と一緒に、毎年開催のアートイベント「ムーンアートナイト下北沢」を企画したことです。そこで、たくさんの人に街に戻ってきてもらうべく、NFTスタンプラリーの計画を始めたんです。コロナ禍において「家でも楽しめるアート」だったNFTが「外に呼び寄せるためのアート」になればと。 ただ当時はNFTはまだハードルが高く、始めようとしても最低1、2日はかかりました。仮想通貨を持たないと取得できない、無料でもガス代(手数料)を払わないといけない、口座登録に1日かかる……。これでは社会実装は無理だと思いました。そこで、すでに社内開発していた低額のガス代を肩代わりする仕組みと、みんなが知っている二次元コードというUI(ユーザーインターフェース)と合体することで、誰もが簡単に使い始められるようにしたというわけです。 僕らはもともとアート業界向けのブロックチェーンのインフラをつくっていたので、知識がない人もある程度は使える技術の土台を持っていました。アプリでNFTのチケットを発行・管理できるようにする機能や、全部回ると自動的に特典がもらえる機能などは、需要に即してどんどん追加していきました。 ──「ムーンアートナイト下北沢」の手応えはどうですか? 「ムーンアートナイト下北沢」は、下北沢の街を活性化するために、近隣にどんな層の人が住んでいて、何をやれば盛り上がるか、分析的につくっているフェスティバルです。20代前半の女性が楽しめないと成功しないことがわかってから、ターゲットの方々に話を聞いたところ、「NFTと聞くだけで行きたくなくなる」というぐらい、彼女たちのNFTに対するイメージは良くなかった。社会実装のいちばん大きなハードルにふれて、そこを乗り越えるためにどうするかを検討するところに、いちばん時間がかかりましたね。評判の良い部分、悪い部分もわかってきたので、3回目を迎える今年はより良いものをお届けできるよう、調整しています。 ──渋谷区が共催するアートイベント「DIG SHIBUYA」にも「FUN FAN NFT」を提供されていますね。 「DIG SHIBUYA」は、2024年1月に渋谷をジャックして行った3日間のイベントです。渋谷区をNFTやWeb3の中心にしていこうという動きの一環で開催され、30代から40代半ばのNFTやWeb3に詳しい男性をターゲティングしていました。このときのスタンプラリーは、コアな支持者が集まってめちゃくちゃ盛り上がりました。40点のNFTを集めたら、そのコンプリート特典としてたかくらかずきさんのNFT作品と、レンチキュラー(3D)プリントされた作品がもらえたんですが、40ヶ所のポイントを回るには会期中ノンストップで歩かないといけないほど大変なうえ、ほとんど雨だったにもかかわらず、最終的には50人もの人がコンプしていました。 ──今年開催した札幌国際芸術祭2024は開催エリアも広く、NFTスタンプラリーが重要な役割を果たしたと思います。 そうですね。芸術祭を見るとき、作品を見落としてしまうことや、疲れて回るのをやめてしまうことがあると思います。でもスタンプラリーがあると、もう1、2点見に行こうという気になれるんです。 札幌国際芸術祭2024では、全部で6000~7000点と想定以上の数のNFTが取得されました。これまでと違い、女性の問い合わせが非常に多かったのも印象的でした。僕らはNFTが一部の人だけで盛り上がることを懸念していましたが、いまでは「スタンプラリーをきっかけに来ました」という声も増えています。 ──このスタンプラリーは、施井さんご自身の作品という面も持っていますね。 「時空を超える」というコンセプトを考えて、全アーティストとキュレーターに「アーティストになったきっかけはなんですか」「30年後アートはどうなっていると思いますか」といった時間軸にまつわる質問をして、その作家の作品のNFTを取得した人に回答が見られるようにしました。 時空を超えていくことは、NFTとアートの共通点です。美術館で100年前の作品を見て、普遍的な価値にふれられるのがアートの面白いところです。アートフェスティバルはその場だけの盛り上がりに終始してしまいがちなので、もっと時間軸を楽しめる要素があればいいと思いました。NFTは大義名分としては未来永劫残るので、NFTで「行った証」を持っていれば、孫の代まで継承することができます。 ただ、同芸術祭でのNFT展開については、アーティストの説得には苦労しました。「パブリックチェーンで高値で売られて搾取されるのでは?」と言われたりもしました。でも僕らは価値を継承していこう、体験を残していこうという意識でやっていて、基本的には販売もしていません。「掃除していたら30年前に行った美術展のフライヤーが出てくる」みたいなイメージでNFTを残していきたいんです。 転売目的ではなく、結果的にプレミアがついたらうれしい、みたいな感じだと楽しいですよね。20億円以上で売れたNFT、「CryptoPunks(クリプトパンクス)」も最初は無料で配られたものでした。「持っていてうれしい」というのはアートから切り離せない体験なので、そういうものがあると面白いと思うんです。ものと同じ感覚で、より管理しやすく、思いを込めやすくなる。そんな面を推していきたいです。 ──マーケットの盛り上がりに左右されず、NFTを社会実装するということですね。 お客さんからすれば、イベントごとにアプリが違ったり、紙のスタンプラリー用紙を配られたりすると、煩雑だし残しづらいですよね。それなら、みんなが互換性のあるものを使えるよう、全部をパブリックチェーンの非中央集権的なデータの保存形式にして、それぞれのアプリはあくまで入口にする、というのが理想だと思います。僕らも、僕らのインフラを使わなくても互換性があるものになるよう意識しています。 ──今後やっていきたいことを教えてください。 NFTだからできることって結構あるんです。例えば美術館のチケットをNFTにして、添付ファイルとしてデジタルのパンフレットをつけたり、カタログをデータにしてNFTのアドレスに送ったり。スタンプラリーをコンプした人たちに、次回のチケットを無料で送ることもできます。「頑張ったことが後で価値になる」ということを仕込めるのもいいところです。 お客さんが来る時間帯を分散させ、来てほしい場所に来てもらうといった技術は、地方自治体が悩む観光客の偏りの解消にもつながるし、商業施設とも相性がいいと思います。今後は、そうした部分でもNFTが花開くだろうと感じています。
聞き手=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部) 構成=今野綾花