『孫子』は日本人に向いていない? 研究者が明かす「孫子に適した国」とは
世界最古の兵書・『孫子』。戦略論の王者といわれる孫子の兵法は、つねづね「戦略観がない」とされる日本人の思考法を変えられるのか。『孫子』と古今東西の合戦・戦争を長く研究してきた著者が、近著『戦略大全 孫子』より実際の戦争をもとに分析する。 三国志やキングダムは好きだけれど、現代中国は嫌になったあなたへ...「中国ぎらいのための中国史」 ※本稿は、海上知明著『戦略大全 孫子』(PHP研究所)から一部を抜粋・編集したものです。
大国より小国の戦いに適している
『孫子』の成功例としては、毛沢東の持久戦やボー・グエンザップの人民戦争の例が挙げられる。ベトナム戦争の例を見てみれば、北ベトナム側から見て、「いつまでに何をしなければない」という拘束がない。すなわち時の制約がない。むしろ長引かせるということが肝要となる。 グエンザップ自身の言葉を借りれば、「ベトナム戦争ほど楽な戦いはない。なにしろ来襲してくる敵を撃退し続ければいいのだから」ということになる。 そして、軍事以外の他の分野(心理・政治など)を総動員して敵を倒す。ベトナムでの戦いは、単なる抵抗運動ではない。最終的には「解放」をめざすものである。 したがって正規軍の戦いは想定されているが、当初は非対称の戦いから出発しており、「長期間の革命戦争を規定する法則によれば」「通常3つの段階、すなわち防衛、勢力均衡、反攻の3段階を経る」とされており、最後は「拙速」になる。 しかし軍の戦いとともに「解放地区」と「ゲリラ戦区」の拡大という面の重視が取られており、あくまで「点と線」的な発想とは一線を画している。敵の正規軍が決戦に適した軍だとしても、決戦すべき軍が存在しなければ占領に振り向けられ、分散を余儀なくされる。 まさに長期の持久戦のうえで、最後は決戦なのである。『孫子』は攻勢よりも守勢に、大国よりも小国に適するのではないかと思われる。
「戦わずして、人の兵を屈する」
こうした古代の中国の思想的な特徴を持った『孫子』は、同時に春秋・戦国時代という時代背景から、3つの前提の上に成り立っている。 1つ目は「戦争は続く。なくならない」ということである。 2つ目は、しかし「戦争は悪である。してはならない」ということがある。 では3つ目に、「どうするか」ということである。 戦争があるのは、戦争目的があるからである。ならば戦争をしないで戦争目的を達する、ということが肝要ではないか。ここから「戦わずして、人の兵を屈する」という独特の展開が出てくる。 ただし『孫子』は、そのやり方は教えてくれないから、意訳すれば「各人が戦争をせずに戦争目的を達成することを考えろ」ということであり、目的を明確化し、それを達成するための方策を各種方面から考えるという戦略になってくる。 マーケティングとして見ると、情報・計算による損得勘定や戦争目的と手法の関係を明確にする、ということになるだろう。それはVA(バリュー・アナライシス)的な思考ともいえる。