バンコクのカルチャーを語る上での最重要スポット、「ザ・ジャム・ファクトリー」とは?
タイを代表する建築家であるドゥアングリット・ブンナグが手がけた「ザ・ジャム・ファクトリー」と「ウェアハウス30」。リバーサイドの廃れた倉庫街に多くの若者を呼び寄せ、人の流れを変えた両スポットは、近年のバンコクカルチャーの変遷を知る上でまず外せない存在だ。 【写真】「ザ・ジャム・ファクトリー」の全体像
いまやバンコクの至るところで目につくようになった、剥き出しのコンクリートやレンガ、梁などの躯体をそのままデザインとして見せるリノベーション手法。その先駆けであり、この10年のバンコクのカルチャーを語る上で、最重要スポットと挙げられるのが、2014年にリバーサイドに誕生した「ザ・ジャム・ファクトリー」と、チャオプラヤー川を挟んだ対岸に17年に誕生した「ウェアハウス30」だ。仕掛け人はともに建築家のドゥアングリット・ブンナグ。バンコクの街づくりやクリエイティブシーンを牽引してきたキーパーソンに話を訊いた。 「この建物は電池をつくる工場でした。かつては貿易の重要地として栄えた後に工場地帯となり、やがて廃れていったのです。何十年も放棄されていたこの工場と倉庫をどうにかできないかという相談があり、まずは自分の事務所を移し、段階を追って開発していきました。私は人生のすべてをクリエイションに注いできましたが、この地を刺激的な〝創造が生まれる場〟にしようと考え、そのためにいちばん大切なのは白紙にすることだと思ったのです。人がワクワクしてなにかを描きたいと思えるように真っ白な状態にすること、それがクリエイティブスペースの始まりだと思っています。見る人によっては未完成に思えるかもしれない。でも、訪れる人が空間を満たしてくれればいい。日本の人なら理解をしてくれるかもしれませんね。〝余白を残す〟という感覚が重要なのだと考えました」 ブンナグの言う〝余白を残す〟考えはリノベーションにも表れている。梁や柱などをそのままに活かし、仕切りを設けない空間は使う者にとって自由度が高く、クリエイティブな感性を刺激する。 「空間を見て自分自身が手を加えたいと思ったり、イメージを膨らませることが大切だと思います」 ブンナグは「ザ・ジャム・ファクトリー」で多くのイベントを仕掛けてきた。この10年で100回ほど開催。イベントには若い世代のクリエイターたちが多く訪れ、彼らにインスピレーションを与えたことで各地にカルチャーが芽生えている。「ザ・ジャム・ファクトリー」を発火点にして、バンコクで主流となったリノベーション文化の流れも生まれたのだ。 いまや東南アジアを牽引する都市・バンコク。グローバル化が進むからこそ、土地が本来もっているルーツやアイデンティティが大切になってくるのだろう。表層的ではない深度のある都市になるために必要な個性は、アイデンティティが確立した上にこそ表れる。 「タイのアイデンティティはダイバーシティそのもの。ダイバーシティがタイのクリエイティブの根幹にあると思います。さまざまな人種や思想が混在しますが、バンコクでは同じテーブルに座ってそのギャップを楽しむことができます。大切なのは次世代へのつなぎ方。私自身は建築家として成功しているかもしれませんが、次の世代によいものを渡すためには、山の頂上にいる人間が山の麓をしっかりと固めないといけない」 長い間忘れられていたリバーサイドエリアの価値を高め、バンコクのカルチャーをリードしてきたブンナグだが、次世代のために橋をつくり、「彼らが渡り始めるまでを見届けたら自分は離れる」という、まさに余白を大切にする哲学を貫いてきた。そんな彼が次に手がけているのは、イギリス誌『モノクル』編集長のタイラー・ブリュレとともに進めている「タイランド・アースブランド」というプロジェクト。アーティストや起業家など100人のタイ人を紹介しながら、〝タイネス〟(タイらしさ)とはいかなるものかを次の世代や他国に向けて発信していく予定だという。