がんの末期で「痛みに苦しんでいる患者」に対して多くの人がやってしまう「愚かで残酷なこと」
老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。 【写真】「うつによる仮性認知症」と「本来の認知症」の見分け方 世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれていますが、果たしてそのような絵空事で安心していてよいのでしょうか。 医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた経験から、初体験の「老い」を失敗しない方法について語ります。 *本記事は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
がん患者さんの看取り方
医療が進歩したと言っても、やはりがんで亡くなる患者さんも少なくありません。 大事な人が亡くなるのはとてもつらいことですが、しっかりと事前に情報を集め、心の準備をしておかないと、いたずらに死にゆく人を苦しめ、あとで己の行為を悔やむことになります。 特にがんの患者さんが亡くなるときは、たいてい悪液質になっていますから、状況を理解しない家族は、無理に食事を摂らせようとしたり、点滴や注射や酸素マスクを求めたりして、患者さんを苦しめます。何かせずにはいられない気持ちはわかりますが、悪液質になった患者さんには、静かに見守ることがもっとも楽な方法です。しかし、前もってしっかりと心の準備をしておかないと、なかなかむずかしいでしょう。 医療は死に対しては無力です。それどころか、よけいな医療は死にゆく患者さんを苦しめるばかりです。よけいな医療というのは、死を遠ざけようとする処置です。 こういうイヤだけれどほんとうのことを、医療者がなかなか口にしないのは、患者さんや家族から「見捨てるのか」「あきらめろと言うのか」と非難されかねないからです。 「まだ治療の余地があります」とか、「なんとか別の方法を試してみましょう」などと言う医者も、内心では何もしないほうがいいんだけれどと思っているというのが、ほんとうのところです。 一方、死にゆくがん患者さんに必要な医療もあります。それは痛みをコントロールするために医療用麻薬の使用です。モルヒネが主ですが、ほかにも人工麻薬のフェンタニルやオキシコドンなどもあります。飲み薬や持続注射、座薬や貼り薬もありますから、患者さんの状態に応じて使用できます。 麻薬というと、中毒や副作用を恐れる人もいますが、死にゆく人に中毒の心配をするのはナンセンスですし、使用量をまちがわなければ副作用で命を縮めることはありません。 いや、親戚のだれそれは麻薬を使ったらすぐ亡くなったというようなことを言う人もいますが、それは麻薬の副作用で亡くなったのではなく、麻薬を忌避するあまり、亡くなるギリギリまで使わずにいたから、使ったらすぐに亡くなったように見えるだけです。 麻薬は怖いなどという思い込みで、がんの末期で痛みに苦しんでいる患者さんを我慢させるほど、愚かで残酷なことはありません。 私ががんになって最期を迎えることになれば、早々に医療用麻薬を開始してもらって、麻薬の安楽なもうろう状態で、この世とお別れしたいと思います。 さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
久坂部 羊(医師・作家)