「幸せな家族の日常がめちゃくちゃに...」忘年会帰りの飲酒運転で親子2人はね死傷 男は「ジョッキでビール8杯」その後もスナックやバーでハシゴ酒 遺族が法廷で憤り
検察「思いとどまるべき事情がいくつもあったのに、それでも飲酒運転をした」懲役12年を求刑
検察官は2024年9月19日の論告で、「4軒の飲食店で8時間半にわたり飲酒し、およそ正常な運転ができない状態で車を運転。ブレーキを踏むことなく被害者らに衝突した。被害者らに全く落ち度はない」、「当日は仕事も用事もなく、帰宅を急ぐ必要はなかった。駐車場も被告人の当時の自宅も駅から近く、電車で帰宅することもできた。飲酒運転を思いとどまるべき事情がいくつもあったのに、それでも飲酒運転をした」と糾弾。懲役12年を求刑した。 一方で弁護人は、「最初から飲酒運転をするつもりで忘年会に行ったのではない。少なくとも行く前には、帰宅時に代行を呼ぼうとしていた。この点は他の飲酒運転事件と決定的に異なる」として、情状酌量を求めた。 被告は最終陳述で「取り返しのつかないことをしてしまいました。車を持って行かなければ、飲酒運転への意識が薄れていなければ、このようなことにはなりませんでした。罪を一生背負い、考え方、行動、すべてを改めます」と述べ、遺族らに謝罪した。
判決は求刑通り懲役12年
大阪地裁堺支部(武田正裁判長)は2024年9月24日の判決で、危険運転致死傷罪の成立を認定。そのうえで、「自宅を出た時から飲酒運転する意図があったとは認められないが、安易に自動車で酒席に赴いた上、帰宅に際し、代行運転の依頼や他の交通手段の利用も容易だったのに車を運転した。同情の余地はない」、「被告なりの反省の言葉は述べているが、反省はいまだ不十分と言わざるをえない」として、検察官の求刑通り、被告に懲役12年の実刑を言い渡した。 判決言い渡しの間、被告はまっすぐ裁判長を見つめていた。 判決公判後に、事故で外傷性くも膜下出血などの重傷を負った、全盲の大久保孝之さん(51)が取材に応じ、時に涙をこらえながら心境を語った。 大久保孝之さん(51) 「(裁判所が判決で)最大限の懲役12年を出してくれたことに対しては、非常に私は納得していますし、感謝しています」 「事故の時に僕と一緒にいた母親に伝えたいと思います。求刑通りの刑が出たよと報告したいと思います」 「過去には帰ることはできませんので、僕の将来を母親は(天国から)気にしてくれていますので、なるべく“事故前の自分”を取り戻すということをしていきたい。そうすることで母親も安心してくれるだろうと思います」 被告は、この判決を不服として2024年10月4日、大阪高裁に控訴した。 (MBS大阪司法担当 松本陸)