【中村憲剛×上野由岐子対談 前編】サッカーとソフトボールのレジェンドふたりが共感し合う、長くトップでやり続けるために必要なこと
80%しか出せない日はいかにちゃんと80%を出すかが大事
上野 個人のスキル練習は日々どのようにやっていたんですか? 中村 日々の全体トレーニングが個人スキルの練習だと捉えていました。相手の守備を崩すなどトレーニングの目的ばかりに意識が向きがちなんですけど、自分の思ったようにボールを操れたら目的を達成するのも早くなる。僕はそういう考え方でした。 上野 すべて思ったように持っていければ目的を達成するのも早い。よくわかります。 中村 自分がチームにいることで勝つ確率を上げていきたいと意識してきました。サッカーは30代に入っていくと、どんどん厳しくなっていく世界。もし同じ働き、同じ能力であれば伸びしろを考えると若い選手を使ったほうがいいってなりますから。ベテランと呼ばれる年長の選手は何かしら付加価値をつけていかなければなりませんでした。 上野 ソフトボールはちょっと違って、ベテランになればなるほど味が出るというか状況に応じたプレーができるので、むしろ若手より重宝されるんです。先ほどもいいましたが、心拍数がたくさん上がる競技でもないので。ランナーがいないときより、むしろランナーがいるときはしっかり打つ先輩もいましたよ(笑)。 緊張感のある場面でもベテランは経験値があるのでビクともしないんですよね。どちらかと言うと、若手は余裕のある試合で起用して、経験を積みなさいみたいな傾向はあるように思います。 中村 緊張っていう話が出ましたけど、上野さん自身はそれこそ、この一球で金メダルが決まるとか大事な場面で緊張されますか? 上野 そういうケースに緊張感はあんまり結びつかないんですよね。 中村 と言うと? 上野 ランナーがいなかろうが、満塁だろうが、私が投げるボール自体は変わらないじゃないですか。満塁だから(いつも以上の)120kmのボールが投げられるかって言ったらそうじゃないので。“この一球”みたいな感覚は私になくて、一球一球の積み重ねでそうなっているっていう考え方。あくまで私は、ですけど。 どうしてもランナーを背負うと力んじゃうというピッチャーもいれば、逆にランナーがいないとギアが入らないっていうピッチャーもいます。緊張の話に戻るなら、マウンドに上がる前が一番緊張しますかね。 中村 そこにどんな理由があるのか大体察しはつきます。 上野 試合前にアップしているときに「足りていないことないよね? 準備できることは全部したよね? 私大丈夫だよね?」って不安要素がある緊張感っていうんですかね。 だからマウンドに上がったらもう不安要素って一個もないんですよ。相手との勝負のことで頭がいっぱいになりますから。不安のままでいたら打たれてしまいます。このバッターにはアウトコースのストレートをストライクに入れると危ないとか、一球ずつ積み重ねた結果100球を投げていた、みたいな感覚なんです。自分でちゃんと自分を操る、ボールを操る。自分がやれることは決まっているので。 中村 そういう自分を必ず出せるように持っていくわけですね。 上野 はい。ただ自分のコンディションに合わせてプレーしていかないとベストを出せないというところはあります。80%しか出せない日はいかにちゃんと80%を出すかが大事で。そこで100%を求めてしまうと残りの20%は力んでいるだけになるので、結果60%しか出せなかったりします。自分のコンディションと、できることをしっかり把握してそれをまっとうするという感覚で投げています。 中村 その点でも同じですね。自分で自分を客観視して、第三者が見ている感じというのは。 上野 本当に第三者ですね。(頭の後ろあたりを指差して)おじさんがこのあたりにいて、自分を外から見てもらっているようなイメージで。 中村 見ているのはおじさんなんですね(笑)。 上野 そう、小さいおじさん(笑)。 中村 言葉は違っても、僕が思ってきたこと、感じてきたことと上野さんの考えは相当重なるし、共感しかない。経験値が半端じゃなくて、だから何にでも対応できるんだなって感じています。引き出しやストックも相当あるんだろうなって。ずっと話を聞いてみて、ひとつ思えたことを後編でまずうかがってみたいと思います。 取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷貫 撮影協力/グイーン横浜 ※「よみタイ」2024年10月27日配信記事
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