【中村憲剛×上野由岐子対談 前編】サッカーとソフトボールのレジェンドふたりが共感し合う、長くトップでやり続けるために必要なこと
知らないことを経験できれば若い選手に伝えていける一石二鳥感
中村 上野さんも左膝を手術されていますよね。 上野 2021年の東京オリンピックが終わって、オフに左膝を手術しました。もともと軟骨を痛めて3、4年引きずっていて。オリンピックのときもあまり状態が良くなかったんです。 そのシーズンはアップもできない状況で試合に臨んでいたくらいで。でも手術をしたら、自分でもびっくりするくらい平気になって、今シーズンが一番コンディションいいです(笑)。 中村 すごい。軟骨をケガして平気にプレーできる人、サッカーではなかなかいないですよ。 上野 まさかこんなに投げられるとか、こんな日が来るなんて思っていなかったです。手術して1年間は投げられませんでした。 本当はもっと早く投げられる予定だったんですけど、状態が全然上がってこなくて、投げたいけど投げられないみたいな状況でした。そこから少しずつリハビリと筋トレをやって。とにかく筋力を上げるしかありませんでした。 中村 わかります。僕も筋トレをメチャメチャやりました。ケガから復帰する際は自分のキャリアで太ももが一番太い形で帰ってきましたから。(プロになって)18年間ほぼ休みなくやってきて、体のあちこちがすり減っていたので、オーバーホールじゃないけど、リハビリ期間含めてしっかり休ませた後に、体をしっかりつくってチームに戻ろう、と。 そうじゃないと90分間フルに20代前半の若い選手たちと一緒にサッカーをやれないと思って。自分のなかで相当な危機感がありましたね。 上野 (サッカーと違って)ソフトボールは心拍数が上がる競技じゃありません。イニングごとに休憩ができるし、ピッチャー自体、キャッチャーから返球をもらってサインを出されて、どういうボールを投げようかって考える時間があります。自分の脳をしっかり使っていければ、いくらでも伸ばせるなって思うんです。 中村 長くキャリアを続けられる競技でもあるんですね。 上野 はい。私自身も終わり(引退)をはっきり決めていません。1年1年が勝負で、シーズンが終わったときに、来年どうしたいのかをそのときの感情で決めています。まだやれると思ったら次もやろう、お腹いっぱいになったら辞めようって。ただ、私のなかでは、やり切るという感覚が正直よくわからないというか。 毎年いろんな発見があって、自分の知らない知識にも出会えます。こういう調整法もありなんだとか、このケースでは私はまだできないことがあるとか。足りないものを毎年感じるので、それを克服していこうとするとどんどん年が重なっていって。 中村 もうエンドレスですね(笑)。 上野 体が動かなくなったら、投げられなくなったら絶対辞めるとは思っているんですけど、まだそれが来ない。少しでも長くやりたい、1球でも多く投げたいとは思っているのでその努力は重ねているつもりです。ただ辞めるきっかけみたいなものに、いまだ出会えていないという感じですね。 中村 出会わなくていいと思います! 上野 そう言っていただけると(笑)。毎年新しい感覚に出会えるので、ワクワクする気持ちでシーズンインを迎えることが今は多くなっています。 中村 上野さんはアンテナの感度がものすごくいいですよね。普通、年齢を重ねていくと自分のやり方に固執しがちなのに、むしろ逆。何に出会えるんだろうって、好奇心が旺盛なんだなって思いました。 上野 やってないことをやってみたいタイプではあります。知らないことを経験できれば、それをまた若い選手に伝えていけるので一石二鳥感が私にはあるんですよね。こんなことでくじけちゃダメだよとか、それでもくじけちゃったときにこうやって戻ってくるんだよとか、経験したことをアドバイスできる。 指導者から伝えるのと、同じ選手という立場から伝えるのでは、選手の受け入れ方も全然違うと感じているので。 中村 僕自身、選手時代の晩年は、今の上野さんのスタンスで若い選手たちと接していました。毎日一緒にいるから、ロッカールームでも選手たちのちょっとした感情の揺らぎがわかるので声を掛けやすい。でも今、指導者になってロッカールームと一線引いている立場だと意外にそういったものが見えなくなってしまっていて。 上野 ロッカールームだと選手同士の会話とかも自然と耳に入ってくるんですよね。 中村 僕も先輩たちからそうやって声を掛けられてきたし、先輩の言葉は心に響くと思うんです。だから指導者になってその形が使えないことが壁として自分のなかにあって。だから上野さんも今の形で長くやっていけるのであれば、若い選手からしたらすごくありがたいんじゃないですかね。金メダルの経験、うまくいかなかった経験、ケガの経験、何を話しても、ありがたい言葉になりますから。