【中村憲剛×上野由岐子対談 前編】サッカーとソフトボールのレジェンドふたりが共感し合う、長くトップでやり続けるために必要なこと
ピッチャーはすべて思いどおりに投げられたらほぼ完全試合になる
上野 実は憲剛さんにお聞きしたかったことがありまして。サッカーは、瞬時の判断がすごく大事になってくるじゃないですか。そういう判断は個の能力で成立させていくのか、それともチームとしてある程度の共通認識みたいものがあるのでしょうか? 中村 どちらの要素もありますね。個人で瞬間的にアドリブを利かせることもあれば、相手がいることなので、たとえば相手が出てきたらスペースが空くからそこに誰かが走るとか、ある程度の共通認識はあります。 ただガチガチに決めているチームはまずないはずです。なぜなら相手がこっちの思いどおりに動けばそのパターンを発動すればいいだけですけど、サッカーは11人対11人のスポーツなので絶対にそうはならないので。 だから僕がいたフロンターレは、瞬間的なアドリブをみんなでいかに共有できるかっていうことを大切にしていました。ボールをどこにでもプレーできるところに止めて、顔を上げることが(周りへの)合図。アドリブの連続でしたね。 上野 それはボールが来てから判断するんですか? それとも来る前からですか? 中村 (一般論で言うと)来る前に決めておくことはよくあります。僕の場合、ボールが来る3つ前くらいから、周りをよく見ておいて自分に来たらここが空いているなとか探しておくんです。だからずっといろんなものを見ておかなきゃいけない。 ただし、ボールをちゃんと扱わないといけなくて。走りながら受けるときもあれば、立って受けるときもある。そういったなかで、おびただしいほど(判断の)選択肢があるなかで1回ずつ、最適解を出さなきゃなりません。 僕は大きい体ではないので、どちらかと言うとボールが来る前にすべてを終わらせておく、解決策を持っておく。なぜできるかと言えば、ちゃんとボールを扱える技術があるから。それがなければボールが来るたびに慌ててしまう。できる選手がやっぱり重宝されるし、チームにも長くいることができる、と。自分の技術は磨かなければならないし、とことん極めたいと思っていました。 上野 要は事前準備ってことですよね。 中村 そうですね。あらゆる意味で準備と予測が大事で、逆にそこを怠るとうまくいかないです。考える時間がない分、ボールが来ていないときに考えますね。 上野 ソフトボールの場合、ボールを打つ、来たボールを守るとかはリアクションになります。ただし、ピッチャーだけは唯一ほぼアクションのポジション。いかに自分の思いどおりに投げられるかを考えて、全部やれればうまくいく競技なんです。 ただし、人間なのでもちろん失投、失敗があります。そこで初めて試合が動く。いかに(失投を)1球でも減らせるか。100球が100球、自分の思いどおりに投げられたらほぼ完全試合になりますから。 中村 まさに「極める」ですね。 上野 そこに投げちゃいけないとわかっているのに行っちゃったみたいなことが起こり得るんです。そういう経験をすることで足りないものがわかります。もっと変化球を覚えなきゃとか、もっとコントロールを磨かなきゃとか、相手のデータを頭に入れるので自分の脳を働かさなきゃとか。 ピッチャーは自分の思いどおりにすべてを動かせるポジションなので、極めていきたいってずっと思っています。その意味でも、憲剛さんが瞬時の判断をどのようにやっているのか知っておきたかったんです。 中村 なるほど。僕の場合は引き出しを山ほど持っておくようにしていました。うまくいったことも、いかなかったことも結局は自分の引き出しになるじゃないですか。サッカーは毎回相手も違うし、例えばホームのスタジアムで試合をしても毎回空気感が違います。 キックオフ時間、天気、お客さんの入り、レフェリーとの相性……いろんな要素がありますから。そういうことを全部自分のなかに入れたうえで、起きたことに対して引き出しを開けていくイメージなんです。