【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第22回「鮮やか、一本?」その1
超人的な技は、笑顔も生むが、涙も生む
新型コロナに振りまわされ続けた2020年。 みなさんにとって、2020年はどんな年でしたか。 なんか、締まらない年だったな、という人のために、ピシッと決まる話をしましょうか。 昔は、相撲の技は四十八手でしたが、最近は八十二手もあります。 これ以外に非技、いわゆる勇み足、つき手、腰砕けなどの勝負結果が五手です。 これらが、それもあまり見たことがないような技が、もののみごとに決まったときの力士たちの晴れやかな顔といったらありません。 そんな鮮やかな技や珍手にまつわる3つの話です。 令和三年、大相撲【BBMフォトギャラリー84】 豪快な櫓投げ 豪快な投げ技はいくつもあるが、相手を抱え上げるようにして持ち上げ、大きく投げ飛ばす、櫓投げもその一つだ。 平成27(2015)年九州場所7日目、ここまで土つかずの横綱白鵬(現宮城野親方)は、西前頭2枚目の隠岐の海(現君ケ濱親方)に得意の左四つから寄り立てられ、土俵際に詰まり、大きくのけぞった。絶体絶命の態勢だった。 ああ、ついに全勝が途切れた、と誰もが思った瞬間だった。白鵬は190センチ、165キロもある隠岐の海の体を右足ではね上げるようにして宙に浮かし、ひっくり返して後ろに投げ捨てた。驚異的な粘り腰だ。平成21年名古屋場所13日目、横綱朝青龍が当時大関の日馬富士を相手に決めて以来、約6年ぶりの櫓投げだったが、なぜか、式守伊之助の軍配は投げ飛ばされた隠岐の海に上がった。投げるときに白鵬の左足のかかとが出た、と見たのだ。 もちろん、物言いがついた。そして、審判委員協議の結果、行司差し違えで白鵬の勝ちとなり、櫓投げは無事に認定された。ニコニコしながら支度部屋に引き揚げてきた白鵬は、 「いやあ、軍配が向こうに上がっていたのは知らなかった。相手の体が浮いていましたからね。櫓投げというのは力が強いイメージ。似たようなのは(過去にも)あったけど、あそこまできれいなのは初めて。もちろん、とっさですよ」 と重ねてニッコリ。取り囲んだ報道陣の、「さすがですね」という声に、 「ま、ゆっくり休んだからじゃない」 と付け加え、少し照れた。 この前の場所、白鵬は場所前の稽古で痛めた左ヒザが悪化し、初日、2日目と2連敗したあと、3日目から休場している。これが横綱になって初めての休場だった。休場が急増し、ついに横審に注意を決議された現状を思うと、隔世の感がする。 あと一歩というところで大魚を逸した隠岐の海は言葉もないといった顔付きだったが、これ以上に悲劇だったのは、この一番を裁いた式守伊之助だった。すでにこの場所、2回、前の場所にも1回、差し違えをしていたこともあって、取組後、北の湖理事長に3日間の出場停止を命じられたのだ。その晩、すっかり打ちひしがれ、落ち込んだ伊之助を励ますため、奥さんが東京から福岡まで飛んできてぴったり付き添っていたことを思い出す。超人的な技は、笑顔も生むが、涙も生む。 月刊『相撲』令和3年1月号掲載
相撲編集部