なぜあの人は食べても太らないのか… 食の効果の「個人差」への科学的アプローチ キーワード「精密栄養」とは
カギを握る「ポストバイオティクス」とは
食用油についても個人差を生じるメカニズムが研究によって明らかになってきました。 マウスを用いた実験結果によると、エサに混ぜている大豆油を「α-リノレン酸」が多く含まれる亜麻仁油に変えると、下痢やアレルギー性鼻炎が抑えられることがわかりました。 炎症を抑える働きを持つEPA(エイコサペンタエン酸)の代謝物が産生され、これが各種のアレルギー症状を抑えたのだと考察されています。 これらの代謝物は、腸以外にも皮膚や鼻、母乳などさまざまな場所で作られ、その形の違いによって効果が異なることもわかっています。 たとえば、免疫反応を担うマクロファージの暴走を抑える働きで抗炎症作用をもつと言われる「α-KetoA(アルファ・ケト・エー)」は、α-リノレン酸を材料としますが、無菌状態において飼育したマウスでは産生されません。つまりこれは、腸内細菌などの微生物が産生する脂質代謝物なのです。 このような「私たちが食べたものに腸内細菌が深く関わり、宿主の健康に対して良いものに形が変わる」という概念は、ポストバイオティクスと呼ばれています。 前述の食物繊維から作られる短鎖脂肪酸も同様ですが、ポストバイオティクスの機能には個人差があることを踏まえると、精密栄養学という視点で食事を選択する必要があるのです。 国立研究開発法人の「医薬基盤・健康・栄養研究所」(NIBIO)では、腸内細菌や食事と健康に関する情報を収載したデータベースである「NIBIOHN JMD(Japan Microbiome Database)」を開発し、その一部を無料で公開しています。 さらには、食の効果を予測するAIシステムの開発も進めており、たとえば、大麦やアマニポリフェノールのもたらす健康効果などは、ある程度の予測が可能になりました。
最新の知見をどう受け入れるか
精密栄養学を世の中に普及させるプロセスにおいては、「あなたはこれを食べても効かない」と伝えるのではなく、「あなたはこれを食べても効かないけれど、これをセットで食べると効果が出ます」といった代替法を含めて提案をするほうが、人は受け入れやすいと考えられます。 AIなどのテクノジーが進化し、さらに多種多様なデータを解析することが可能になると、より高い精度で一人ひとりにあった食事のありかたを提案できるようになります。 精密栄養学というアプローチが、食と健康という人類の永遠のテーマを今後、どんなふうに変えていくのか。とても楽しみです。
朝日新聞社