なぜあの人は食べても太らないのか… 食の効果の「個人差」への科学的アプローチ キーワード「精密栄養」とは
われわれはいったい何を食べたら健康でいられるのか?――人類にとって最も大きなテーマの一つです。 中国では、歴代の王朝の宮廷料理でさまざまな食材が薬膳として、不老不死を目指したレシピ開発が行われてきました。 古代エジプトでは、ピラミッド建築に携わる労働者に、集団生活における感染症の蔓延(まんえん)を防ぐ効果があるとされているタマネギやニンニク、ラディッシュなどの抗菌効果がある食材がたっぷりと含まれる食事をとらせていたそうです。 現代においても、「○○は体に良い」といった話題がメディアやSNSなどで流れると、翌日にはその食品が売り場から消えたりする現象がしばしば起きています。人の「食を通して健康になりたい」という思いは、昔から不変です。(インテグレート代表取締役CEO/藤田康人)
「個人差」はなぜ起きるのか
甘い物を毎日食べているのにまったく太らない人や、逆に脂や塩分を控えているのに糖尿病や心臓病を患ってしまう人もいます。同じ食品をとっても全員が同じ効果を得られるわけではないと多くの方が感じていることでしょう。 このような「食の効果の個人差」を考慮する重要性が提唱されてきている中で、米国では国立衛生研究所(NIH)が「Precision Nutrition」つまり「精密栄養」というアプローチを、2020年からの10年間の戦略にすると発表しています。 「Precision Nutrition」は、遺伝的因子などに加えて、生活習慣や腸内細菌などの外的因子の影響も考慮に入れ、健康を維持するために必要な栄養学的情報を各個人の体質や生活スタイル、ライフステージなどに応じて提供するというものです。 日本語では「個別化栄養」や「精密栄養」などと訳され、次世代の栄養学として注目されています。 食が貧しかった時代の栄養学においては、栄養不足の解決が大きな課題でした。現在では、多くの地域で栄養不足の問題は解決し、人々は食の嗜好(しこう)、つまり、おいしさを求め、さらに食による健康効果を期待するようになってきました。 食の健康効果については、さまざまな研究により知見が蓄積してきていますが、体感できることの1つが個人の差です。 同じものを食べても効果の現れ方は人によって大きく異なります。しかしこれまで、食の効果の個人差は「体質」として扱われ、それ以上深く掘り下げられることはありませんでした。それが近年の分析技術の進歩により、食の効果の個人差を規定する要因が、徐々に明らかになってきています。 肥満を例にとると、過剰な栄養摂取に伴う肥満のなりやすさは、遺伝的因子の影響があることが明らかとなっています。「腸内フローラ」とも言われる腸内細菌叢(そう)も、個人差が大きいことがわかってきました。 この腸内細菌と肥満は、実は関連することが報告され、欧州人はアッカーマンシア菌、日本人はブラウティア菌が抗肥満に働くことが指摘されています。 これまで「善玉菌」や「悪玉菌」など、漠然と捉えられていた腸内細菌についても、次世代シークエンサーなどを用いた測定技術の進歩により、私たちの健康や疾患発症にかかわる菌の働きが詳細にわかってきました。